居間の私

さめたコーヒーを一口飲んだ。
明日があるとは限らないから
今日へお礼を言う
ありがとうございます
手を合わせる

居間の すこし深い空気は
闇でもない
光でもない
どこまでも透けている。
そしてどこかの
生まれて直ぐほほえむ星は私の遺影です
ずっと未来には 誰も居ませんか

今は私の手に在るこっくりとした愛用のペンを
しっとりと見つめてから、
ノートの紙のささやきに気を向ける。
かつて
お空には大小の星星が仲良く光り
お月さんは青みを帯びたしろがねで
雲は歌い 草花はひっそりとゆれていたね。そう

年を重ねる
愛用のペンと
私は
詩を書きながら、
命の話をしています

命があるということは
魂があるということよ。
魂は心の命ですね。
魂を
宿す体もまたほほえむの

いずれ体は宇宙に帰る。
詩を書くことが生である私の、
道を具える愛用のペンの愛において
私の魂という命は今も宇宙の魂とつながっている。
こう思うことは
一つの可能性であると思うのですそっと
そっと手を合わせて宙へ視線を送り呼吸をしている

投稿者

コメント

  1. 宇宙も居間も、紙一重というか、襖を開けたら宇宙だったりすることが違和感ない空間が魂の次元にはあるのだと思いますし、私もそう思います。

  2. 2連目の遺影の下り、特に好きでした。
    ひたむきにやさしくて強いです。

  3. いつも何事にも感謝できるというのはすごいなぁ。
    魂とは信念や理なのかな。

  4. そういえば、最近、肉筆で詩を書いていないなと思いました。パソコンのwordは、便利ですが、ちょっと味気ない。久し振りに、万年筆で言葉を綴ってみたくなりました。

  5. 一本の万年筆からきっとすべてに繋がれるんだなあ。とても細くて長い長い糸でかもしれないけれど。遠すぎて、繋がったことが逆に寂しい悲しいときもあるけれど。ちっちゃな個の生をとても愛しく悲しく感じました。

  6. timoleonさんへ ああ、そう言ってくださいまして、ありがとうございます。おっしゃる通りですね。
    timoleonさんが言ってくれた「魂という次元」という言葉がしっくりきて貴重に思います。そして、共感してくれたようで、ありがたいです。魂という次元では、時空をこえることができるのかもしれませんね。

  7. たちばなさんへ そこを特に好きと言ってくれまして とてもうれしいです、ありがとうございます。この詩の「生まれて直ぐほほえむ星は私の遺影です」という部分はこのままで、生まれた星が私の遺影だという。
    この遺影というのと少し?違いますけど、生まれ変わりって昔は信じてませんでした。でも、あるふしぎなことを経験してからは生まれ変わりがあるのかもしれないなあ、と「思う」ようになりました。生まれ変わりということが、実際・現実にはどうなのか私には ほんとうのことか分かりませんけど、生まれ変わりがあるとしたらすてきだなあ、と思います。まあ、この詩の場合は、生まれ変わりがあるとしたら魂(いのち)を受け継いでいく、という感じですね。最終連の手を合わせるのが一連目の感謝へとつながるという。
    以上のことを私が言うきっかけをくださいまして、ありがとうございます。

  8. 王殺しさんへ ああ、そうですねぇ。当然かもしれませんが、私という奴は至らない存在です。しかし、至らないからこそ、みんなへ感謝をしたいと思う。常に思っているわけではありませんが、今日という日にさまざまな人や物事にさまざまに支えられている私があるのは事実ですから感謝をするのです。
    難しいことは私には分かりませんが、魂については王殺しさんの言ってくれたことで個人的には大体いいと思います。ただ付け加えるのならば、魂とは広辞苑が言っているように「天から与えられた役目」なんだとも思います。
    そもそも魂のことを命と思うようになったのは、昔、ある詩誌でエッセーを書いた際に、意識の無い方(かた)について思いをめぐらしたのがきっかけでした。その方に意識が無くても命はある、その命とは心の働きをを司る魂だ、と思ったのです。魂とは命。ここから魂についての思いを進めて、魂は万物に宿っているとも「思う」ようになりました。ただ、魂とか命という問題は、難しいことでしょう。ですから、これからも魂や命について私は思っていくと思います。
    すごいと言ってくれて、ありがとうございます。

  9. 長谷川さんへ ペンというと広辞苑では、主につけペンのことをいうようですね。更に、ボールペンや万年筆のこともペンというようですね。実は、ここで言っている「愛用のペン」という部分は、変える前は「愛用万年筆」としていました。しかし、万年筆の愛用を20年間続けてから昨年の9月に万年筆の愛用を止めたので、「万年筆」から「ペン」に変えたのです。
    今は万年筆愛用からシャープペンシル愛用に変わりました。シャーペン(メカニカルペンシル)のことを単に「ペン」とは言わないのかもしれませんが、「書くもの」という意味においてはペンと呼んでもいいのではないでしょうか。
    ちなみに言うと、万年筆愛用の時と同じく、パイロット社のを主に愛用しています。今お気に入りのは、パイロット「スーパーグリップ」というシャーペンで、これは110円(税抜きだと100円)のものです。
    最終付近の原稿はパソコンのワープロソフトで起こしてプリントしたものを推敲していくのですが、シャーペンの字は消しゴムで消せるので、ノートで初稿から最終稿近くまで詩作する際は便利です。
    長谷川さんが万年筆で詩作するそのお姿などがすてきだと思います。
    長谷川さんとペンの話ができてうれしいです、ありがとうございます。

  10. あまねさんへ うん、ああ!ありがとうございます。
    ペンについては、さっき長谷川さんへの返信で言いました。昨年の9月までは万年筆愛用者でしたが、それ以降はシャーペン愛用者になっています。きっと、シャーペンも大きくまとめると「ペン」だと思うので。
    さて、本題に入ります。
    うん、あまねさんのおっしゃる通り、その通りですね。あまねさんからそう言われると、ペン一本からすべてにつながるという思いは私にもあると思います、気付かせてくれてありがとうさま。そして、物質にも魂があるとして、そうだとしたら、ペンにも魂がある。時空をこえて、ペンの魂はこの宇宙とつながっている、と思います。
    遠すぎる、遠いところまでのつながりに思いをつなげてくれて、ありがたいです。そうですねぇ、遠く遠くつながったことが、寂しく悲しくなるときもあるでしょうね。
    あまねさんが、「ちっちゃな個の生をとても愛しく悲しく感じました」と感じてくれて、貴重に思います。この詩から、つながっている生をさまざまに感じて思ってくれて、ありがとうございます。

  11. timoleonさんへ 追記です。拝礼 。
    「宇宙も居間も、紙一重」というのはその通りだと思います。timoleonさんが言ってくれた「魂の次元」ではつながり合っていますね。この詩で、「私の魂という命は今も宇宙の魂とつながっている」と言っているので、そう思ってくれるのは ありがたいです。
    timoleonさんが、「私もそう思います」とこの詩(と作者)に共感してくれたことが、魂の交流でありつながりなんだと思います。貴重なお言葉をありがとうございます。

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