声――殺されたパレスチナの詩人と病むニッポンの詩人

 私が長期入院から解放された十二月
 ガザの詩人は標的となり殺された

遥遥かなたの昏倒の春 
晴れわたった空も風も貼りつけられる
弓張月ひかるエントロピーの法則は 
花粉も魚粉も紛々としてぎゃふんと言葉が広がりつづけ
かくたるたる酒にがし焦がし油より鼻腔の奥の船だまり
微光も見えず香らず備考ばかりの薬剤ばかり
処方箋綴った医師を尾行する 看護師薬剤師理学療法士
品行方正たる事務員の淫行ざらにざらめソースか味噌か昆布汁か
ざらざらの咽喉引導渡して印度の迦陵頻伽 
間断なく続くつづきの款談の恐怖 
夜には悪い夢を見て叫び家人を困らす 
佳人の境遇火災の如く 
舵を切って加持祈祷するも止まぬやまい病の 
悪夢の叫び、鼻炎、咽喉炎、睡眠時無呼吸症候群

治らぬ治らぬどろどろの高年の海
見れば腸に新生物増殖 リンパにも転移しき
腹開け専門執刀担当医師長時間奮闘
腹に四つの穴開け二酸化炭素ガス注入
腹の内壁に、ああ猫型ロボットならいいのに
筒形ポート、つづいて腹腔鏡と鉗子挿入
モニター映像見ながら肥大化した悪徳連中をまるごと取りけれど
そいつらが悪さしたのか 精密な切除に抵抗したのか
体内で成長した害毒細胞の断末魔の怒声か
人工ちょんぎり器具への生体アレルギーか
突然壊されし体内秩序への憤怒か
 
八時間かかった横行結腸癌摘出手術の二日後の土曜の夕刻
患部の痛み激しく息の仕方がわからなくなる悪い現実の夜
慌てた看護師たちに再びICUに運び込まれたのだった
ベッドの周りで慌てふためく夜勤の医師や看護師たち
帰宅していた執刀医師急遽とんぼ返り
麻酔科医師も再出勤
循環器科医師はあえぐ私に再手術の同意を求めるも
彼が手でかざす同意書に目をやると
「声を失う可能性もある」とある
瞬間、恐怖が過り躊躇するも
医師は強く同意を求めてきた

悪魔の塊は悪魔の溜まり場右脚と左肺に血栓つくり 
暴れ暴れてぎょぎょっと酸素濃度低下
肺に酸素が行き渡らなくなり
呼吸困難の大波は大腸を縫った金具ぱっかり
縫合不全で穴が開き  
腸と腸の繋ぎ目が裂かれたまま塞がらず
自然閉塞を待たねばならなくなった
結局絶食、人工栄養摂取のため
麻酔科医師が右首下へ中心静脈カテーテル埋め込み
一ヶ月半、これが命綱になる

地獄転落暗黒至極
血の色も波の色も空の黒さも苦しむ他者の表情も
光あったればこそ見えしかど
耳や鼻や肌が煮えたぎり
微香も悪行も見えず
酸素吸入器埋め込まれ呼吸平坦に出来ず
生きる視界を失った私は声を失った

 その時ガザで詩人の声が攻撃受けて
 血だらけの瓦礫の悲鳴が失われた
 
麻酔科の医師が人工呼吸器取り外し
背中の糸を抜き酸素管外すも
声のボリューム0に近し
掠れた声しか出ないので受診した
耳鼻咽喉科医師の残酷報告
左声帯が麻痺して動いていない
「反回神経」圧迫・損傷
脳と声帯筋肉断絶信号遮断
声帯開いたまま空気漏洩声の出力喪失
治るかもしれないし治らないかもしれない
治らねば手術せねばならぬがこの病院では出来ない
 
 転院せし病院に爆弾落ち
 永遠に声を失うかもしれぬ

声帯麻痺は圧迫された神経が障害を受けた結果 
悪徳腫瘍の悪さか手術による神経損傷か全身麻酔気管挿管チューブの圧迫か
永遠に生き甲斐を失うかもしれぬ 
塗りつぶされた暗闇 悪性新生物切り出しし如く
一筋未満でも光を摑みださんと
病床からZOOMで参加した
鎌田東二詩集『悲嘆とケアの神話論』音読会でも
声帯動かず息漏ればかり それでも脳の命令で微かに出た
つづけて現代朗読ゼミナールに参加するも
長い呼吸が出来ず音読も途中でリタイア
翌月の朗読ライブ辞退を申し出る
マイクを近づけるとささやき声が充分聞き取れるといい
その醜き微小なる掠れ声を面白いと言ってくれ
ささやきやすき小品を読むべしとのご指南

 ささやく声さえ殺す奴
 言葉や愛の呼吸器外すのか
  
次の現代朗読ゼミナール
呼吸も体認もほぼ普通に出来たし
声もずいぶん出るようになった
再度の耳鼻咽喉科医師の報告は
麻痺していた左声帯が少し動いているが
ポリープが出来ている
癌になるかもしれないしならないかもしれない
廃墟と化した巨大高層病院の昇降機に運びこまれ
突入した乱気流で上へ下へ揺られる飛行物体の
あるいはゆっくり後ろ向きに上り急激に突き落とされた
奇しくも同室の老患者が喉頭癌を宣告されるのが聞こえてくる

 兵器を平気に命中させ
 自然も大地も真っ暗闇の底の底
 
次の鎌田東二詩集『悲嘆とケアの神話論』音読会
かすれは残っているが声量も戻ってきた
脳で考えたことを言えるようになった
再再度の耳鼻咽喉科医師報告
動いていなかった左の声帯も七〇%動き出し
ポリープも消えている
命繋ぎとめていた首のカテーテル抜いてもらい
声の暗闇に風が吹きぬけぬくぬくと外に出た
地上はけれども戦火がぐるぐる
空にはぱっかり暗黒の穴ばかり開いていた
声出す詩人が殺されていた
  
 蘇りし声帯は脳に命令する
 言葉よ 地球を守れ

投稿者

神奈川県

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