きのこの善利

これはきのこの詩である

人は森を見て
「あの木が一番強い」とはあんまり言ったりしない
森の中にいて感じるのは
まあフィトンチッドらしいんだけど、つまり癒される

森がすごいからである

確かにあの木は「一番強い」のだ
背が高く、年輪が深く、健康で、怪我をものともせずに、今も育っている
枯葉の中で
やっと芽を出したばかりの苗木より運命的に強い
この苗木はきっと明日には枯れる
あの木にはなれない

人間はそれが分かる
そして、「一番強い木」は、苗木だった頃に、
一番明るい所に育ったんだろう、と思う
雨に恵まれ
病害虫に強く
獣に食われることもなかった
「強い」と感じるのはそのせいだ、と

まあ、そこまでは当たり前だ

でも実際には彼はこの「明日には枯れる苗木だった」可能性が高い
というよりもすべての苗木がその条件だったのだ
じゃなぜ
森はあるんだ?
全部偶然じゃなかったからだ

木は木を育てることがある

マイコリザ
大木は根を通じて苗木に余剰な栄養や水分を分け与えるんだそうだ
きのこたちは木を枯らさない
なんだかよくわからないが
木が木を育てることに一役買う
大木はその苗木が自分が奪った光のせいで枯れることさえ良しとしていない

それをAIに絵に描いてくれと言ったら、
なんだか木が木に立ち小便してるみたいなことになった
ちょっと違うので諦めた
森にいると人は癒される
「あの木はすごい」と思う
森って一体なんだろう、と思う必要もないくらいに
彼らは
森なのだ

今はまだ見えないもので繋がっている
たぶん
死者の世界まで根を張る木があると人間が思ったことにも
説明がつく日が来るんだろう
木は
人間も好きなのだ
たぶん

(たぶん、そしてきのこは、そんな木が、森が大好きなのである)

投稿者

神奈川県

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