泥の中にも四季はあるある

ときどきは泥んこになって 泥と夢中で遊んでいたけれど あるいは無心で泥を見つめていたりしたけれど 泥は土と水がいいあんばいに混じりあい やわやわでぬるぬるでつるっと滑りやすく その感触というか体感というかは 慣れてしまうと気持ちが良かったり悪かったりするので いっそ裸になって泥の上を滑ってみたが 足も手も体じゅうが泥になって 自分の体が自分の体ではなくなって 乾くと体の皮がひび割れて粘土細工の埴輪になってしまい びっくらこいて目と口ばかり開いているものだから 見るものは空と雲とぼんやりと無限だったり 吐いても吸っても体の中は空洞なので 古い言葉で語りかけてくる 泥くさい風が吹き抜けていくと それが埴輪になった人間の記憶なのだけれど 春はひんやり泥の中から ドジョウが目ん玉とヒゲだけを出して まだまだ夢うつつでいるうちに 泥ごと両手ですくいあげると 泥だって春は春の匂いがしてワクワクし 枯草の向こうに忘れていたものを探し出すような 何かが変わり何かが始まるときみたいに そんな懐かしい匂いばっかりして いきなり知らないおじさんがやってきて 寝ぼけたドジョウなんか泥んこのまんま逃してやんなと だみだみの大声で怒鳴ったりするので その人はもしかしてドジョウの神様だったのか それとも子供の神様だったのか 森の奥の神社の柱や板敷の匂いがしたっけな 薄暗い春はいろんなものが近づいてきて ばらあら ばらあ 分からない言葉で知らないことを教えてくれる人がいたりして すれ違ったあと振り返ってみると それは人だったり人でないような人だったりして どこかいいところに連れて行ってくれないかなどと きゅうに手足が伸びた蛙になったみたいで すこしだけ空が近くなったりするから 濡れた葉陰から地上を覗いてみると もうミンミンゼミの夏が始まっている なま青いビッキは汗をかきかきメスを追いかけたりして ただただ追いかけているうちに短い夏は終わってしまうから 川で冷えきった体を 熱くなった田んぼの水で温めながら 孵ったばかりのフナの子を畦の草むらに追いつめると 平べったくなって跳ねているのは 小さくても奴はサカナのまんまの遺伝子で やがて入道雲が空いっぱいに太い腕を伸ばして 蛙もフナの子も一網打尽と襲ってくるが そのあとは再び美しい虹だ ばらあら ばらあ なんべんも溜息をついてるうちに パラパラ木の葉が落ちると空も落ちて 新月の夜は誰かとひそひそ話をしたくなる ワクワクしたりドキドキしたり ひとつの体がふたつになって とうとう本物の蛙に育ってしまい 歓喜で草笛を一日じゅう吹いているが 秋風のような真似をするのはつかの間のことで 破れ木戸を開けたら木枯しの中 泥の団子を作るのが上手な女の子と出会って 丸い団子はとてもまん丸で 小さな手で撫でてるうちにますます真ん丸になって ピカピカのテカテカの美しい玉をいっぱい作ったが どれもこれもなにもかも まん丸な玉のまんまで忘れ去られてしまい いったいぜんたいこの子は誰なんだ 楽しいけれど淋しいことってなんだったんだ やっぱり ばらあら ばらあ やさしい手は傷だらけ泥だらけ

投稿者

大阪府

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