急ぐ旅でもなし
「発車までしばらくお待ち下さい」
アナウンスから
かれこれ四十五分は停車している
一つ目の理由は
カタツムリの坊やが
「おばあちゃんが
まだ階段を上っているから!」
とホームで騒いでいたためだ
この時は窓際の女の子が
「ここは私の席よ!」
宣言してから
車外に飛び出して行った
戻ってきた嬢ちゃんは
ハンカチにのせた
二匹のカタツムリを
窓枠の下に置いてやった
二つ目の理由は
「小さいお客様が
長靴の色が気に入らないと
おうちに履き替えに行っている影響で
この電車は停車しております
お客様が戻って来次第発車致します」
というアナウンス
捕虫網を座席に立てかけた
麦藁帽子の男が
「長靴の色。そりゃ重大な問題だ」
笑い声をあげていると
番兵さんの長靴 (ちょうか) のように
青い長靴の踵を鳴らしながら
車内に踏み入れた男の子が
麦藁帽子の男の向かいに座った
「坊っちゃん、良い長靴だねぇ」
男の言葉に
小さいお客様は
窓の方へ顔を向け
眩しいように微笑んだ
さて、
これで問題は解決した
ならば電車はなぜ停車したままなのか
実は一つ目の理由より先に
も一つ車内アナウンスがあった
「前方の踏切にて
ミズチが横断しているため
発車を送らせております
ミズチが横断次第発車致します」
未だミズチの横断が
終わっていないのかもしれない
窓際の女の子は
ホームと電車を行ったり来たり
草花を摘んできては
カタツムリを喜ばせている
小さなお客様は
輝く青い長靴を履いた足を
ご機嫌にぶらぶら
麦藁帽子の男は
やおら弁当を食べ始め
僕は網棚で羽を休めている
ゆっくり進めば良いのだ
急ぐ旅でもなし
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