詩作考察日記

タイトル詩作考察日記

失われていく感覚器官

ゆきやこんこん あられがこんこん
この言葉は元来日本人なら誰しも連想しながら文字列からリズムをとれていた

現代の創作論 逆転現象の行方
今の日本人はほとんどが気づかない
詩作に関して言えば意味を
追い求めることで技術は洗練されている
歌も同じで技術は洗練されている
カラオケの採点では伝達としての
上手さを競うような歌が随分と増えた
決められた抑揚をトレースする
そんな競技になった
数字に一喜一憂するが
表現として刺さらない
記録に残り記憶に残らないって奴だと思う
勘違いさせないように伝えると
技術を道具と置きかえるなら本来の目的と
逆になってる行為に対して言ってる
二元論で技術が悪いとは言ってない
技術を追い求めて目的と逆転現象が起きてる

タイパの代償
現代社会多くの創作者や読み手が
意味だけを追い求めて
詩を読んでる
タイムパフォーマンスを重視して
音読の習慣はなくなりつつある
黙読で失われている感覚も
元来持ってるはずの感覚を掻き消すように

未来に向けて誰の言葉か不明問題
Aiがいれば十分同じ役割りを果たせるかも
そんな不安を持つのは、Aiと同じ事をしてる出力と言う物量はAi様の独壇場
その上でAiの文字列は
確率論と統計に基づく似た言葉を
使用する事に過ぎない
正解の怪物で最適化の道具はチェスや将棋など、人工知能Aiは原理は同じで読み書き発声にも影響を及ぼすようになった。
人間が違いを唯一提示出来るのが
ノイズと揺らぎ身体に訴える呼吸は
人間に与えられた特権で領域だと
個人的には思うところ
人は何故?感動するのか?
人は何故?
絶望するのか?
先ほども言ったけど
二元論を言うつもりはない
対抗策は各々で考えるか、個人間の問題なのでAiを使用するとかも正直どうでもいい
まぁこの理論も穴があるし、盗作や技術運用などの問題も昔からあるので無くならないのはわかる。
自分なりには未来予測は社会構造と責任問題に照らして答えは何パターンか作ったから興味はない

まとめ
詩と書いてうたとも読む
歌も詩もラップも童謡も
本来は同じなのに
本質は呼吸そのもの

あとがき
個人の思想なのであしからず

おまけバージョン
小学生でもわかる要約

​言葉のぬくもりを忘れてない?
​「ゆきやこんこん、あられやこんこん」
昔の人は、この言葉を聞くだけで、冷たい風や雪の景色が心に浮かびました。でも、今の人は文字をただの「意味」としてしか見ていないかもしれません。

​「上手にやること」だけが正解じゃない
最近、歌や詩の世界が少し変わってきました。カラオケで点数を競うみたいに、「どう歌えば高得点が出るか」という技術ばかりが大事にされています。でも、正しい音程や決まったリズムで歌っても、なんだか心に響かないことってありませんか? それは、技術という「道具」の使い方を間違えて、「何を伝えたいか」という本来の目的を忘れてしまっているからです。

​「速さ」と引き換えに失ったもの
今は、何でも速くこなす「タイパ(タイムパフォーマンス)」の時代です。みんな黙って読むことばかりで、声に出して言葉を味わうことをしなくなりました。言葉を声に出すのは、単に文字を読んでいるわけじゃなくて、自分の呼吸を言葉に乗せることです。その「呼吸」を忘れると、言葉はただの記号になってしまいます。

​人間だからできること
AIは、僕たちよりもずっと速く、きれいに文章を作れます。でも、AIは「呼吸」をしません。僕たちが心から感動したり、絶望したりする時、そこには必ず「揺らぎ」があります。うまく言えないけれど、声が震えたり、言葉に詰まったりする。その「ノイズ(雑音)」のようなものの中にこそ、人間らしさがあるんじゃないでしょうか。
確かにAIは便利だけど、AIに頼りすぎると、君自身の『心の声』が出せなくなるかもしれないよ

​まとめ
詩も、歌も、ラップも、全部もとは「歌(うた)」です。歌の本質は、心を通わせるための「呼吸」そのものです。
技術を磨くのはいいことだけど、それを使いこなすのは、あなた自身の「心」であることを忘れないでほしいな、と思います。

読んで下さった方なら、気づいてる方は多いと思いますが、私の文章は語彙が平坦です。なるべく専門用語と習熟語などは使わないように意識してます。その繋がりで
次回考察書く時はラノベ構文の功績と弊害について
書くかも

投稿者

群馬県

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