山花を、秋に愛でる
どこの山に咲く花なのだろう。
こんなにも心を澄ませてくれる花は。
どこの山に咲く花なのだろう。
春も夏も過ぎ去ったことを、
惜しまずにいられる花は。
十五歳の夏は、
あまりにも早く過ぎていった。
気づけば、私は二十五歳になっていた。
あの頃の私は、
孤独な学生だった。
誰もが遊ぶ放課後、
私は一人、
ベンチに腰を掛け、
まだ見ぬ山花を思い描いていた。
きっとその花は、
誰とも違う花だろう。
春と夏には静かに咲き、
秋になれば、
私とともに山へ向かう。
列車に揺られ、
秋の山へ。
たどり着いた頃には、
花も季節も、
幾度となく姿を変えていた。
梨の花を思わせる秋の景色に立ち、
私は陶淵明の詩を思い出す。
けれど、
私の目の前にある山は南山ではない。
その南山にも、
秋の梨花は咲いていなかっただろう。
私は陶淵明にはなれない。
ただ、
静かな時間に詩を書く者でありたい。
朝の列車では、
詩が胸いっぱいにあふれているのに、
夕暮れになって帰る頃には、
朝の言葉は、
風とともにどこかへ消えてしまう。
だから私は思う。
今、この歳月に詩を書かなければ、
青春は静かに過ぎ去ってしまう、と。
私は山花が好きだ。
だから夜になれば詩を書く。
私は秋が好きだ。
だから春も夏も、
見逃したことを悔やまない。
家へ帰れば、
また山花を思い出す。
あの花は、
私の友なのだろうか。
朝早く目覚め、
私に会うために咲いているのだろうか。
春や夏には、
もっと美しい夢を見ているのだろうか。
昼になれば、
幼い頃の私のように、
静かな眠りにつくのだろうか。
目覚めた時には、
山は旅人たちの足音で満ち、
秋はいっそう深まっているのだろうか。
そんな一日を過ごし、
夕暮れ、
古びた石垣に寄り添いながら、
私は小さなロマンを見つけた。
今日という日の山花を、
詩に書き留める。
人は四月の花を追いかける。
けれど私は、
秋の山を選ぶ。
冬が近づくその季節だからこそ、
胸の奥に残るロマンがある。
山花は冬を恐れない。
来年の秋も、
私はまた早起きをして、
夕暮れには、
一篇の詩を書く。
それは私のロマンであり、
私の青春であり、
あの頃の思想でもある。
十年後、
この詩を読み返したなら、
私はきっと知るだろう。
あの日の私も、
今の私も、
胸にはロマンを抱き、
言葉には、風華を宿していたことを。
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