夏野菜
海を見ています
海のお水は塩水でできています
だから口に含むと塩辛いのだ、と
あなたは教えてくれました
わたしがかつて溺れた
記憶にある真水の海は
少しも塩辛くなかったのに
家庭菜園で夏野菜を収穫しました
朝採れの新鮮野菜です
美味しいと言って
あなたは食べました
わたしは傍で探しています
何を探しているのか
それが海だと気づいたときには
海はすべて終わっていました
海を見ています
海のお水は塩水でできています
だから口に含むと塩辛いのだ、と
あなたは教えてくれました
わたしがかつて溺れた
記憶にある真水の海は
少しも塩辛くなかったのに
家庭菜園で夏野菜を収穫しました
朝採れの新鮮野菜です
美味しいと言って
あなたは食べました
わたしは傍で探しています
何を探しているのか
それが海だと気づいたときには
海はすべて終わっていました
会員でない方は会員登録してください。
コメント
真水の海って、どこにあるんだろう?
って思いました。
この詩はその問いに収斂していくようで、
記憶のなかにある海だから真水でもいい?
という超個人的なかすかな断定が、そのレトリックの底にこもっているような感じがする。
そうあることで、塩水でできているので海は塩っぱいという一見当たり前の表現も、
どんどん当たり前でなくなっていくような感じがします。
たもつさんのいつもの詩にくらべて、(すみませんこのごろあまり読めていないんですが)物理のファンタジーというよりも心理のファンタジーという感じがします。