
別れ
空虚が積み重なっていく
永の別れを前に
かすれた声でニャーオと
ないた君はいない
力なく
横たわっていた君はいない
しなやかに
足にすり寄る温もりもない
私がのぞくこたつの下に
丸くなった姿はなく
私が探す窓の下で
空を見上げる影はなく
私が帰る玄関に
迎え出る声もない
君がいた空間は
視線を素通しし
私は家の中をさまよい
君を探す
私は家中に
あふれる静寂におぼれ
君のいない日常が
積み重なっていく
コメント
新しい・・・
私も、まだ無理です
いや、、、
私は、まだ無理です。
私も北杜アトム様と同じく、無理です。可能になることは、私はないかなあ…。
通勤電車で涙が零れないよう、耐えました。
私のアイコンは一昨年まで飼っていた鳥で、今はどこへでも一緒に、せいぜい世界の素晴らしいもの、綺麗なものを、ともに見ていこうと思っています。
動物と一緒に過ごした時間って、いなくなってからもずっと思い出されますね。私ももういない時間を8年近く過ごしていますが、一緒にいた時間をそろそろ上回りそうで、この詩を読んで感慨を新たにしました。
@北杜アトム さん、コメントありがとうございます。
去年の今頃に飼っていた猫を失くし、一年たちました。何度経験しても寂しいですね。
@野鳥倶楽部 さん、コメントありがとうございます。
身近な存在になっていた家族の一員がいなくなった寂しさはなかなか癒えませんね。
それでも、「ともに見ていこう」という前向きに考えられるのは素晴らしいなと思います。
@あぶくも さん、コメントありがとうございます。
亡くした後は、買い物でペットショップの近くを通ったりすると、子猫、子犬の可愛さに涙が出そうになっていました。
私は家中に
あふれる静寂におぼれ
君のいない日常が
積み重なっていく
この詩を拝読して、冒頭からずっと来て、最後の方、しんみりと こころに しみてきます。
汀尋さんのちびちゃんも、大切な 家族ですね。ん。
私も、ちびちゃんたち(ペットたち)と暮らしていました。今は、家族が飼い主で、いっぴきの わんこ(ヨークシャテリアの男の子。)と暮らしています。でもあと数年「位」で、その子とも別れることになるでしょう。
が、私自身は、もう、動物は、飼わないと、決めています。亡くなった ちびちゃんたちは、霊になって今も私と共に在る、のだと『思っています』。
ちびちゃんたちが亡くなってから、ふしぎな出来事が何回もあったのです。だから、現在も、ちびちゃんたちとは、いっしょ(一緒・一所)だと 信じています。ふふ。
@こしごえ さん、コメントありがとうございます。
私はまだ「もう飼わない」という決心はつかないかなぁ。
何度飼っていた子たちを見送っても、出会いがあると飼ってしまうかなぁ。
といっても、自分の年齢的に次に飼う子が最後かなぁと思っています。