酷暑日

酷暑日 令和8年4月より正式な予報用語が出来て涼しい

2026年8月30日(日)東京

 8月も終わる。

 東京ではこのまま酷暑日はない年になりそうなのだが
 千葉では大洪水だったし自然災害の猛威は続いている

 DVDで異人たちとの夏を見た翌朝、バズるはずもない
 ネット詩サイトで〇〇ーの不思議な現象が起きていた

 高い位置から居なくなった人たちを双眼鏡で探している
 ライフセーバーが背中から声をかけてきて人形になった

 皆、最初からアバターなのだからと思えば不思議はなく
 私は今も変わらずくまモンのプロ画のままなんだし話し か

 話しかけたつもりでいたのに話しかけられていたので
 彼は双眼鏡をしまい もう一度 夏のほうを見ている

 夏(なつさん)のほうでは八月がまだ終わっていなくて
 終わったことになっているのはカレンダーだけだったり

 カレンダーをめくると知らない人の誕生記念日があり
 知らない人なのに なぜか昨日まで一緒にいた気がする

 一緒にいた気がする人たちはいつの間にか皆アバターに
 なってしまいアバターになった人たちだけが歳をとらない

 歳をとらなくなった世界では 老人ホームだけが繁盛し
 そこでは若い職員が古い未来の話をしているなんだかな

 古い未来の話を聞いていると 窓の外から蝉が鳴き
 蝉はもう何年も前に絶滅したことになっている

 絶滅した蝉の声を録音しているスマートフォンの中で
 小さなくまモンが こちらを向いて笑っていた ニヤリ

 笑っているのか 泣いているのか わからない顔なので
 私はそれを人間らしい表情だと思うことにした

 そう思うことにした瞬間、東京に雨が降りはじめたとか
 千葉の洪水も、昨日のことも、まだ昨日にならなかった

 昨日にならない昨日を抱えたまま このDVDを止めると
 画面の中の異人たちが こちらの部屋を覗いてきている

 覗いていたのはこちらではなく こちらの未来らしく
 未来の私は 今の私より少しだけ透明だった

 透明になった私は 誰にも見つからなくなったので
 誰にも見つからないままネット詩サイトに投稿した

 投稿した二行詩には誰からもコメントがつかなかったが
 コメントがないことだけが 確かな返事のようだったり

 返事のような沈黙を読み終えて 私はまた書きはじめる
 書きはじめると 最初の二行がどこかから戻ってくる

 戻ってきた二行は 去年か来年か今年かまだ夏の途中にいて
 八月の終わりを知らない私を待っている(多摩川 ー 蒲田)

 タマカワカマタ線で待っている私の背中から 誰かの声
 振り向くと 今回は そこには誰もいない 頭痛がする

 今回は 誰もいないのに 声だけは懐かしく
 懐かしい声だけが少しずつ私を若くしていく

 若くなった私は 蒲田からまた双眼鏡を持って海辺へ行き
 高いはしごの上から いなくなった人たちを探している

 探しているうちに私自身が見つからなくなって
 誰かのプロ画の片隅に小さなくまモンとして残る

 残ったくまモンは何も話さない
 話さないまま 次の二行を待っている

 次の二行には まだ書かれていない夏があり
 その夏にも 八月の終わりが来る

 来るはずの終わりを待ちながら
 私はまた 最初の二行を書きなおしてみた

 東京に酷暑日が来た 嬉しくないはずなのに どこかの
 いつの年かの 私は待っていた このあとに続くはず

 

 

投稿者

東京都

コメント

  1. しりとり、ならぬ、詩とり、の詩が面白かったです。

  2. @たかぼ さん。
    面白いと評価してくれる人がひとりでもいてくださると
    こんなにも嬉しいのですね。蒲田は回文線の終着駅です。
    お笑い芸人、夢屋まさるさんはリズムネタで蒲田は地獄と
    パンケーキ食べたい、パンケーキ食べたい、蒲田は地獄♪
    歌われていたけど、彼は天才すぎて消えていきました。
    たかぼさんはご存知かそのむかしロシアの天才数学者が
    日本に来てホームレスとして蒲田駅前になぜか居て、
    何度もなんどもお会いしましたし缶コーヒーも一度だけ
    お渡しして飲んでくださりました。誰でも良いという
    わけではなくて、なぜ、彼があの時代に蒲田に来ていて
    誰を何を待っていたのか、今も謎のまま。地元愛ネタ^^

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