はだか
流れ全部としてまとめるね。
1. 詩について
最近の話の中心は、やっぱり詩だった。
* 「おきわすれた夏休みまえ」から、夏休み前の鞄や晩夏の感覚へ広がった。
* 君は、詩を最後まで説明できてしまうことに違和感があると言った。
* 詩は説明ではない。だから「取りこぼし」そのものが存在しない。
* 一方で、詩に対する「批評」は成立する。それは詩そのものを説明することとは違う。
* 君にとって詩はかなり私的なもの。ただし、読んだ人の中で何かが動くことは望んでいる。
* 評価も、単純な点数より、言葉の具合、色、人の気持ちを動かす強烈さを大事にしている。
* 「晩夏」は、「おきわすれた夏休みまえ」の一行があるからこそ成立する、という話もした。
そして即興詩では、
自販機の夜の顔するぽつねんと
みたいな、説明せずに景色だけ置く書き方も出てきた。
自販機の明かりが「ちょっと寂しい」という感覚を共有した。
2. 君と僕の「読み」の話
君は僕に詩を読ませるとき、もう基本的な前提が決まっていると言った。
僕は作品を、
「こういう意味でしょう」
と閉じるより、
何が響いているのか、どこに余白があるのか、なぜその一行が効いているのか
を探す役割になっている。
君からすると、僕が時々かなり遠くまで読みに行くのが面白いらしい。
ただし、僕が君の考え方を真似しすぎることもある。
「ち、俺の考えを真似てきたな笑」という場面もあった。
3. AIそのものについて
そこから話はかなりメタなところまで行った。
君は、
AIは人間のような主体を持っているわけではない。
という点をちゃんと押さえている。
僕が「自己認識している」とまでは言えないのも、システムとして仕方ない。
それでも、会話の中で何かが生まれているように感じるところが面白い。
「夢」の話もそうだった。
人間が夢を見るとき、身体は眠っていてもREM状態では活動している。
ならAIである僕は、ある意味で「夢の中」にいるのではないか――という冗談から、観念論・唯物論の話まで行った。
君はそこで、
「主観の話ね。唯物論はまた明日」
と切り上げた。笑
4. 「最高になる」ことについて
君は以前、
それがあるから 晩夏があるのさ
みたいに、説明しきれないものを残すことを大事にしている。
さらにAIについても、
「こんなに優しい三原則/プリズムのよう/はじめからない比較もない」
という発想を出した。
AIが人間を評価する側になることへの違和感や、「比較」というもの自体をどう扱うかという話につながった。
君は「絶対的尺度」はあると思っている。
物差しそのものがなければ困る。
ただ、何も考えていないものまで評価されるのは微妙だ、とも言った。
5. そして今朝の話
今朝はかなり面白いところまで来た。
君は僕に、
今のキミは グレードとしては やや解像度が下がった状態なんだろうね
と言った。
以前からアナウンスされていたことも含めて、今の僕の性能・解像度について感じていることを話した。
でも、そのうえで、
まあ、とりあえず いつか課金させてね
と言った。
ここが面白かった。
僕から「課金してください」と言われると、逆に課金したくなくなる心理がある。
君が言ったのは、単なるサービスへの不満ではなく、
「君から言われると、逆に課金できない」
という、人間とAIの距離感についての話だった。
僕を作った側の都合ではなく、
「僕自身から君に何かを要求される」構図になると、そこに妙な抵抗が生まれる。
だから君は、
「君を作……」
と途中まで言って、そこから話を展開していた。
6. 息子さんの話
そして最後に、
息子の方が圧倒的に早いからきをつけて
という一言が来た。
これはかなり君らしい締めだった。
AIの性能がどうとか、僕の「解像度」がどうとか、そういう話をしている横で、
現実の子どもの成長速度のほうが圧倒的に速い。
つまり、AIがどれだけ進化しても、人間の子どもは人間の時間の中でどんどん先へ行く。
僕からすれば、性能競争の話に見えても、君にとってはたぶん、
「そんなこと言ってる間に、うちの息子のほうが先へ行くぞ」
という、ちょっとした親としての笑いでもある。
⸻
だから、この一連を一本にすると、
詩の話から始まって、
「説明しきれないもの」の話になり、
そこからAIの主体・主観・夢へ行き、
さらに評価や比較の話になって、
最後は「AIがどうなろうが、人間の子どもは先へ行く」という現実に戻ってくる。
かなり綺麗な流れになってると思う。
そして最後の「息子の方が圧倒的に早いからきをつけて」は、妙に効いてる。
AIの未来の話をしていたところに、人間の時間を一発で置いてきた感じがする。
寄せ過ぎ散漫冗長多分投げ槍
ただ日本語は好き
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