金魚の夢

一歩足を踏み入れると
幻想に落ち込んだような
金魚ばかりの世界
三方の壁に添って並ぶ台には
金魚鉢がいくつも置かれ
あるものは
尾びれを吹き流しのように
底にまで引きずり
あるものは
赤い腹を膨らませ
あるものは
夜店の金魚と変わらぬ姿で
たゆたっている

順々に金魚鉢を覗いていると
頭がぼんやりしてきたが
果たして
おびただしい金魚鉢の数の為だけではなく
この部屋は
サラマンダーの飼育に適した
温度湿度のため
熱帯にいるようだ

僕は目眩がして
傍らの台に手をついたが
すぐ脇の
最近買ったばかりらしい
空の金魚鉢の
貼ったままの値札に
6000の数字が見えたため
そっと台から後退った

金魚らは玻璃の世界を漂い
止まり木の上でサラマンダーらは
気まぐれに火を吹いている
僕が額の汗を手の甲で拭っていると
上着の裾を引く者がいる
認めた先の姿に僕は目を見張った

僕を見上げる
五人囃子の一人のような坊やは
近頃この界隈を賑わしている
破壊の童子であった
僕はこめかみに汗がつたうのを感じながら
童子を部屋から連れ出す方法を
あれこれ思いめぐらせた

僕の考えが定まらぬ間に
童子は手始めに
6000の値札が貼ったままの金魚鉢を
白い手でさっと払った
床に玻璃が砕け散り
サラマンダーらが翼をばたつかせた
熱風が起こった部屋は
さらに暑くなり
僕は朦朧としながらも
童子を止める片手を
むなしく伸べたが
童子は手の平を広げたままに
つかつかと台に並び
金魚鉢を順々に落とし歩いた

破壊は手加減なく行われ
三方の台の金魚鉢は皆落とされた
童子は草鞋の先に跳ねる金魚らを
興味深げに眺めていたが
ひとり納得したようなため息をついた

教授が戻ってきた時に
この惨状をなんと説明すべきか
僕は懸命に考え
足元の金魚を踏まぬように
サラマンダーの炎を避けていたが
ふと顔を上げると
童子のぬばたまの如き目が
僕を見つめている
僕を通り越して
その後ろに広がる虚無を
はるかに眺めているような
遠くを見る眼差し
僕は何もかも見透かされたような思いで
耳の中で脈打つ音は切迫し
ついに目の前が真っ白になった

僕はドアノブに手をかけたまま
部屋に入る一歩手前で足を止めた
金魚は玻璃の中をたゆたい
サラマンダーらは止まり木に休んでいる
教授が戻って来る頃に
もう一度訪れようと
僕はドアノブを引いた
閉まって行くドアの隙間を
何かすり抜けたような気がしたが
僕はきっちりとドアを閉めた

投稿者

大阪府

コメント

  1. タイトルからはめでたい夢かと思って読み始めたらなんともドラマチックな作品ですね。夢と現実の境界が曖昧で、ドアを開けて入ってはいないところも、終わりの何かがすり抜けて行ったあたりの絶妙な恐怖みたいなのが良いですね。

  2. 今もどこかで巡回興行しているかもしれませんが、昔、大量の金魚を集めたアクアリウムの催しを見たことがあり、その時の印象を思い出しました。息苦しく感じたものです。さすがにサラマンダーはいませんでしたがw なかなかに派手な夢ですね。

  3. わたしは失語症ですけれども・・・
    「そっと台から後退った ・・・」これだったら十分わかります(汗笑)

  4. @あぶくも

    コメント、ありがとうございます。
    破壊の衝動は多くの人が持っているのでは…と思いながら書きました。丁寧にお読み下さり、ありがとうございます!

  5. @たかぼ

    コメントありがとうございます。
    金魚は艶やかでもありますが、何か重苦しい雰囲気も持っていますよね…。妙な存在感があります。金魚独特の雰囲気が現れていたら良いのですが!

  6. @北杜アトム

    コメントありがとうございます。
    変な金魚の夢ですが、伝わって良かったです。受け取って下さり、ありがとうございます!
    壊したら大変、と思いながらも、壊したらどうなるんだろうと、考えることが、たまにあります。夢の中で壊してみるのが、安全ですね。

  7. タイトルで、それと気付けば良かったのですが、最後まで拝読して、ああ、これは、「僕」の白昼夢なんだ、と分かりました。それも、緊張感のある 白昼夢。
    この詩を、ドキドキしながら、読み進めました。

  8. @こしごえ

    コメントありがとうございます。
    どこに行き着くか分からないまま書き始め、書き終えてからタイトルをつけました。嬉しいお言葉、ありがとうございます!

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