ローマに

ローマに

存在が儀礼であれば、われわれはアクアリウムである
ツツガムシの涙腺のように、ガジュマルに悲痛する
ニワトコの木に新しく再審の希望を託す
このコマドリの供犠的献身に、時間の生まれる瞬間を見るのはまさに
サーカスの海に来て、ランドセルを乾かすことに等しく
毛玉の取り繕うしばしのノーマルな神経に似る
たまにはその顔をローラーのために光の溢れるロジックに寄せて
哀しくとも難波の地下鉄の轟音に偉大なロンドン塔を見る
淀川を越えて信濃路にコマクサの薄いピンクの裸体する雪の原へと
この乾坤と災難とイーダの声にてサマンサに
儀式的に空へと昇降する天使たちの笑顔のみちている
苦のしまわれた空間に、アラバスターの虹色の霞立ち
割れてチャンスの至る処に裁かれた死によって開放されたイチジクの木の
うすぐらい太陽の頭と尻とに鉛筆のラインが引かれている
自家製のジャムの味わいの鋭くカーブして砕けて死刑の時はアマチャヅルとなり
今までの割り振りの統計学のスメールの神学に接近する線は
この宇宙のはみだした毛にあなたのシャツに匂うターメリックの
鳥の脚を気だるくするいちもつの寒暖差にしまわれて
多くはこのシステムの蒸気を吐き出して弔い人となるだろう
漆原の朝に霧の流れるわが一日のロータスへ
写真館とスケートリンクと咎の集合写真と
気高い神秘の安全ピンと親密なあくびをするのであれば
君のためにいつわりとサラダオイルのサーベルをさげて
金剛インクの銅製の桜貝とダルメシアンのカンパチに
因果のトリコロールのさみだれるぼーだいな死刑囚たちにいちはつの帽子と
シルクとモチハダとクエン酸での水浴の
その乾いた精神の泪に近接するこの燭台よ
理性は徳性し、理生は特売し、理念はコックさんに成ると言う
この月山の影につつまれて、夜の中に紫煙の立つ
コーカサスの今すぐに行くと、馬車の前に立ちて君が見るものは
田畑の影と都市の食欲と進路は混濁する
丸くしているものは情けの死臭に口をあけて無言のままに
その処刑台の深紅のホルトの木に掲げた銅鏡の
町に染みついたバスタの重たく錆び付いている意志の
ただ多くのラーラは忍びつつ、ただミミの滴にうろたえる
我等の故郷は棲み分けられて、その河の一部が色分けされて
エネルギーのひそやかな会話のロンドン塔へと行く寿司屋の小僧と
緻密な会話の細菌につきまとわれて、さらには奥歯の奥へと
シャドーは祝祭の花火に声を忘れてうなづくとしても
一枚の宇宙模型の一枚の感謝状に
彼等もまた宇宙の森羅万象にステージを与える
亡くなり次第にこの場面は記憶に消されて行く
そのままのタラントの場面は進行し
ギリシャ的古典喜劇の
赤松の優雅な姿に、その
ローマに。

投稿者

岡山県

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