ロック’ン’ロールの死
徹夜明けにキャブに乗り込み、行き先を告げると、編集長から手渡された資料に目を通した。
ジョン・スミス。
ありふれた名前だ。アドレス帳をめくるまでもなく、3人くらいは思い出せる。
今度のジョン・スミス氏とは初対面だ。会えればの話だが。
編集長によると、件のジョン・スミス氏は昨夜あたりから、自宅にも勤務先にも存在が確認されていないらしい。
ジョン・スミス氏の行方とは別に、編集長は気になることがあるらしく、資料の入った封筒には殴り書きで、
「ジョン・スミスの最後の言葉、『ロック’ン’ロールは死んだ』を調べろ」
と書いてある。
「『ロック’ン’ロールは死んだ』を調べるといってもねえ……」
私の独り言を聞いた運転手が申し訳なさそうに伝えてきた。
「お客さんの好みの音楽ではありませんでしたか? ご希望があれば変えますよ?」
力強いギターの音に、甘い恋愛の言葉。
気にしていない、と彼に伝えると、私は再び資料に目を通し、ジョン・スミス氏の経歴を見た。
多国籍の人々が集まるエリアで育ち、住人たちが奏で歌う音楽に触れて、彼自身もミュージシャンを目指していた。
しかし、彼がアルバイトをしていた中古レコード店の店主が、彼の音楽の知識に目をつけて正規雇用した。生活のこともあって、彼はプロの道を断念したらしい。
彼は客の好みの音楽を選び出すのが上手く、それに目をつけた企業に店ごと買収された。
彼の才能は、音楽の自動配信サービスのアルゴリズムの基礎になり、莫大な利益を得ているという。
そして、身寄りのないジョン・スミス氏は勤務先の巨大な建造物、ムゼオに住み込んでいると言われる。
資料を読み終える頃ムゼオに到着し、電話で取材申し込みをしたが、そんな人物はいないと、突っぱねられた。
ヒントを求めてムゼオ内のギャラリーを見ると、ジョン・スミス氏が収集していた世界中の楽器や音楽関連の資料が展示されている。
その中に、古ぼけた安いギターが展示してあった。
プレートには「ロック’ン’ロールは死んだ」と書いてあった。
待たせていたキャブに戻り、手ごたえの無さに思わず愚痴ると、運転手は意外な告白をした。
実は運転手は、ジョン・スミス氏を誘ったレコード店の店主であったが、店が企業に買収されたときに追い出されたという。
そして車のダッシュボードから、1枚の写真を取り出す。
レコードジャケットに囲まれた一人の青年。特徴のある顔つきではないが、印象だけは残る顔。
それがジョン・スミスという人物だった。
運転手がロック’ン’ロールの死について、心当たりがあるというので、その場所に連れて行ってもらうことになった。
1980年の冬、夜のニューヨーク。高級アパートメントの近くに、私たちを乗せたキャブが止まる。
通りすがりのメガネをかけた人物に声をかけた。
「ロック’ン’ロールは死んだ、という言葉が出ています。これについて、どうお考えですか?」
彼は、少し考えてから、ゆっくりと回答した。
「ロック’ン’ロールの死については、剥き出しの反逆精神が失われたと感じますね」
ジョン・スミス氏について聞いてみたが、残念ながら知らないようだった。
「時間を止めてしまい申し訳ありませんでした」
と礼を述べて、その場を立ち去った。キャブに戻ると、背後から銃声が聞こえた。
ムゼオに戻り再度、取材を申し込む。やはりというか、そんな人物はいないと言われた。
閉館間際のギャラリーに再び入館すると、前回来たときにはあった古ぼけた安いギターが無くなっている。
近くにいたスタッフに聞くと、持ち主が返却を求めていて、価値があるものでもなさそうなので、館長の許可を得て渡したとのこと。
どんな人物だったか聞いてみたが、若い男性だったことしか覚えていなかった。
キャブに戻ると、運転手がもう1箇所だけ連れていきたいところがあるという。
キャブで数十年ほど移動すると、ムゼオが建つ前の場所に着いた。
運転手に案内されて倉庫街を歩いていると、ストリートで歌う青年と出会った。
お世辞にも上手いとは言えないが、彼の歌声にはなにか響くものがある。しばらくは思い出せなかったが、自分が若い頃に感じていた、あのモヤモヤとした衝動だった。
話を聞くと、青年は歌手を目指すか、誘われているレコード店に就職するか悩んでいると漏らした。
発信することを止めずに続けるのなら、どちらでもいいのでは?とアドバイスしてみた。
青年は顔をあげ、キャブの運転手に歌手は目指す、アルバイトは続けると力強くいった。
運転手は頷きながら、
「この後、店主が来るから言ってごらん。受け入れてくれるから」と答えた。
改めて青年を見ると、彼の傍らにはムゼオにあったギター、そしてその顔は、運転手に見せてもらった写真の若き日のジョン・スミスの顔だった。
キャブで自宅近くまで送ってもらう途中、運転手の好みの音楽が流れた。
拙いギターに拙い歌声。でも、胸の奥に衝動を感じる。
キャブを降りる時、感謝を述べて多めにチップを渡すと、運転手はご一緒できて楽しかったと礼を言った。
「やっぱり下手ですよね。ジョン・スミス」
「残念ながら。でも、また聞きたいですね」
帰宅後、今日の出来事をまとめると、編集長にメールを送った。
こんな言葉を添えて。
「ロック’ン’ロールは死んだ。でも、また生き返る」
コメント
10月のお題企画の投稿、まだ間に合います!
投稿期間は10/16金曜〜19月曜です。
お題考案はトノモトショウさん
お題『ロック’ン’ロールの死』
※二重鉤括弧含まず、コピペ推奨
詩人の往来のきっかけになると嬉しいです。
⭐︎次回のタイトル考案希望者も募集しております☺︎
公認掲示板も是非ご参照ください。
https://rara.jp/poekai_2021/
取りまとめ たちばなまことさん
すごい大作! 先が楽しみでワクワクしながら読みました。それにしても時間移動できるタクシーだったとは! いやはやこのお題にこの手の答えもあったとは!
@たかぼ
ありがとうございます。
音楽関係は本当に疎くて、検索しまくって、自分のフィールドに引っ張ってきました。楽しんでいただけたのなら嬉しいです。
日本が舞台なら山田太郎さんってことだから、こんな格好良い作品にはならんよなあ、とつまらないことを考えた。だが山田太郎さんって実在するのかな(ジョン・スミスさんも)。ここまでの大作を用意しといて、クライマックスで満を持して出すノラノラのニヤケ顔を想像しました。よかったです。
ほんと大作だ。でも一息に読まされちゃったな。ロック’ン’ロールの死 Season1 Episode1って感じでした。
やんややんやの拍手をのらさんに。
ジョン・スミスってデッドゾーンの主人公がそうだったな。この物語にはちっとも関係ないけれど。
いつの間にか時間を飛び越えられるようになっていて「おおっ」と声が出ました。
没頭しました。とても印象に残ります!
@トノモトショウ
ありがとうございます。
これでもかなり削ったのですよ。じゃないと間に合わなかったら。
フィクション側の登場人物を全員、ジョン・スミスにしようかと思っていたのは、ここだけの話(笑)
@王殺し
ありがとうございます。
お題がきたとき、ライブでベースを弾いている王さんを思い出しました。なんか頭に乗せてた(笑)
音楽方面の人にダメ出しされずに、ホッとしております。
@たちばなまこと
ありがとうございます。
おとななので、にがてなことでも、こわざをつかいまくりました。えっへん