虚構の旅路

言説を虚構とする旅路
ナポリからアイルランドへと
知性的巨人の言説を追いかけて走る彼の
二重大気説はそもそもガラスと鉄の温室から
世間のたわいもない話題として
カフェから始まり、ロブリエ夫人のサロンへと
マラルメやポール・ヴァレリーがそれに関わったと
真実めかして語る髭の男がいたと言うのだが
やがては秋のパリのマロニエの路上に散り敷く夢
そして船の一室ではまだ見たこともない「稀少鉱石」の
詰め込まれた大型の鞄が広げられ
彼の語るアビシニアの高原、中国の桂林、ボルネオのジャングル
それらは皆「命がけの旅」
そしてそれでも手には入らない「宝玉」
高級なワインでしかその話は始まらない
つまりそこは「未踏の洞窟」
思考する羅針盤と与えられた試練のみが
永遠の過去から人類の知能を試そうとして
考え抜かれた罠と仕掛けの連続が
彼の前に展開すると言うのだ
しかし彼に言わせればそんなものは「虚」である
真実に求められているのは
それを手にしたものが「未来」に対して抱く
「理想」であるのだ
アイルランドのダブリンの図書館で彼を待っていた人物とは
それはかの『血液の研究』で有名なノゼル・アームセン博士であった
その研究室で彼が見たものとは
赤い血液とは別のものである
そのような血族はすでに絶滅しているのだと
博士は力説するのだが
彼はゾロアスター教の砂の神殿から持ち出した
未来の言葉を記した「石板」を持っている
もちろんその言葉は読解を拒否しているし
カイロの友人も「ひとつの手がかり」しかないと言う
しかし彼には闇の信号が届くのだ
それはいつものことである
ワインをもう一本あけてください
彼は一息いれてからまた語り出す
やがて必然的に最後の旅へと・・・
船は今アイスランドへと向かっているのだ
いくつもの火山が今も爆発し
灼熱の溶岩を流し
そしてまた何キロにもおよぶ
氷河の裂け目
たしかにそれは危険な旅である
まるで導かれるように「氷の帝国」へと彼は行く
犬がひく大型のそりを準備して
港を出発するのは五月である
完全な白の世界へと
それは虚構の旅路
灰色の脳髄
ワインの
酔いの。

投稿者

岡山県

コメント

  1. 暖かな太陽の照りつけるナポリからパリの街角に立ち寄りさらにアイルランドを経由して極寒のアイスランドへ灰色の脳髄にワインが染み渡るとともに想像力の飛翔するにまかせて意識は虚構の旅路を進むのですね。

  2. コメントありがとうございます夏と秋のはざまで少し気分は水の底です旅などしてみたいのですが世界はあまりにがやがやしていて夜の宇宙を思うばかりです。

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