くさびらびらびら
苔生した倒木などが横たわる仄暗い湿り気を帯びた一角で
滴るようなぬめりを纏った光沢を表面に携えるものから
艶消しで微かに起毛するヌバックの手触りを想起させるものまで多様である
上から見下ろすだけでは気づかれないながら
下から覗き込めばそこには細やかな襞が寸分の狂いもなくびらびらと
精巧に張り巡らされた微細な細胞列により構築された見事な構造物である
優しく指の腹でなぞるだけでそんなか細い音色を奏でる楽器があったような気がする
それはうっとりとさせるに足る繊細さをも持ち合わせた森の音である
その体外に酵素を分泌することで人知れず有機物を分解しながら時が熟れるのを待ち焦がれ
雨後の湿り気を十分に感じとったその時に無性生殖の細胞たちを一心不乱に飛散させるのである
胸いっぱいに吸い込んだなら
肺に寄生していつかにょきにょきと生え出てくるのではないかと
あらぬ心配も尽きぬものだが杞憂に過ぎぬことがおおかたである
焼いてよし煮てよし天麩羅にしてよし
鍋物 汁物 土瓶蒸し
出汁よし食感よし香りよし
よくぞこの星にかような生物を授けなされた
しかしながらその一方で
中にはその猛毒の一撃で我らの命を奪うものあり
またそれらは非常に近いところに紛らわしく存在するのである
食す人がいる
笑い出す人がいる
踊り出す人がいる
死に至る人がいる
生き返る人がいる
祈る人がいる
この宇宙自然に身をおく種のひとつとして
我ら人間界が学べることは少なくはないのである
コメント
この詩の話者の話し方が好きです。具体性を持っていて。
でも、間違っていたら ごめんなさい。これは、キノコのことを言っている詩ですか? タイトルが くさびらびらびら、で、で今検索したら、くさびらってキノコのことみたいですね。ああ、そうなんだ。おもしろいですね。古くは、くさひら、というのかな。初めて知りました。おもしろい言葉を出してくれて ありがとうさま あぶくもさん♪^^
で、最終連のしめがいいですね、すてき。
@こしごえ
さん、コメントありがとうございます。
はい、キノコです!美味しい土瓶蒸しが食べたいです。最終連の締めを気に入ってもらえて光栄です。
読み始めた時は、何を描写しているのだろう? と思ったのですが、終盤で、きのこだとわかりました。繊細な描写ですね。作者のきのこを見つめる深い視点…。
@長谷川 忍
さん、コメントありがとうございます。
作者の狙いどおりみたいな読み方をして頂いて本望です。凝視、偏愛ものとしてシリーズ化しようかしら。
タイトルの感性、とっても好みです。
あのキノコの傘の裏側、自然の意匠にはいつも心が動きます。
作者がなにごともいつも上手に昇華されていて驚きます。
@たちばなまこと
さん、コメントありがとうございます。
こういうタイトル付けがちなのです…
私は埴沙萠さんみたいな老人になりたいのかなぁ。