手
ⅰ
するりするりと流れていきます
ぬるりぬるりと滑っていきます
涼しげな川面を
苔むす岩の合間を
何を言っているのか
声だけ聞こえています
そのまわりを
赤いとんぼがセロファンの羽で
かくかくと三秒程浮いていました
白泡泡立つ流れの中を
右に左に揺れながら
何を言っているのか
声はもう聞こえてきません
これがあのこのゆりかごでした
ⅱ
あの山の頂上には
世にも立派な雛壇があるというのです
しわくちゃの手を引き引き
すすきの揺れる野の中を
蒼い月の大きな夜に
登り登って行きました
これがあのこの姥捨でした
月に吠えています
白い犬が月に吠えています
ⅲ
戻ってくるのを待っていました
抗わず流れる水につかって
犬が駆け上がって吠えた断崖を
わたしは知っていました
知っていたのです
世にも立派な雛壇を
歯も抜け落ちて
肉もそげ落ちて
待っていました
ⅳ
ひと押しで足りるわたしのからだを
押したのは風でした
あのこは知っていました
知っていました
そうしてわたしは待っていました
ⅴ
物乞いの老人がやって来て
ワタシの裾をひっぱるのです
拒否したワタシの目の前に
伸びてきたのは同じ手でした
悲しいは心に非ずとも
悲し悲しみ悲しくて
濡れてしめったその手をつかみ
まぶかに被った彼のキャップを剥がした
その時
そこにあったのは意味不明の
笑い顔でした
それは意味不明の
笑い顔でした
走って逃げだしたワタシは
思いっきり何かに左肩をぶつけました
何かはくしゃりと音がして
振り返り見やるとそこには
倒れた老婆が手を差し出しているのです
向き直り駆け出したワタシは霞けむる森の中
道を尋ねた優しげな老人は
優しく左手で来た道を指さし
右手は力強く弱々しく
ワタシに乞うているのでした
裸の児を抱いた母親も
ひび割れた裸足のまま
ワタシに乞うているのでした
沼のような蓮池の真ん中に
ワタシは行く手を失いました
ポンと音を立てて花が咲き
伸びてきたのは
手、手、手、手!
誰も彼もが
ポン、ポン、ポン、ポンッと
老いも若きも
美しきも醜きも
そこにいたのは物乞いでした
完全に人間の顔をした
物乞いでした
コメント
あの世とかいうのは人間が勝手に作った想像の世界でしょうが、この詩を読んで、なんだかあの世を思いました。というこれも私の想像です。合掌
あ、でも、(難しいことは私には分かりませんが)いろいろな神や仏さんは存在しているのではなかろうか、と最近は思うようになりました。そういう神や仏さんの世界(次元)があればいいなあ、とは思います。拝礼
そして、この詩の強度などがすてきだと感じます!
こしごえさん、この詩はずいぶん前に書いたものなのですが、いろんな思いを巡らせて読んで頂き、ありがとうございます。
此岸と彼岸の境目のない世界をイメージして描いたように記憶しています。
壮大なので、2日にわたって読みに来ました。
臨死の経験を映画を観たような読後感でした。
引っ張られた感触が残ります。
まこmikaさん(やってみたかった新しいやつ‼️(^^))、2日に渡って読みに来てくださり、ありがとうございます。
この詩だけは自分でも「書かされた」感があってよくわからないんですよね。
インド旅なんかで物乞いを日常的に見て、インドに限らず僕らだってみんな何かを乞いながら生きたり死んだらしてるんだよなぁとかフワフワ思ってたような。
やっぱり臨死的だったのかなぁ…
これは読まされました。この油の中をもがくようなぬるりとした悪夢はまったく僕の好物です。悪夢じゃなく吉兆であっても好みであることは変わりませんが。
いろいろな解釈が出来るというエレメントと、且つ作者ならではのビジョン、味付け。それこそ読者の為の読まれるべきものだと感じます。
僕には幼きころの恋心とその頃の自我を葬った童話、もしくは説話にも思えました。
王さん、好物を差し出せたようで嬉しいです(^^)
>読者のための読まれるべきもの
と言うコメントにハッとさせられます。
また王さんの解釈はこれを書いた当時の血縁の超越にかける意識みたいなものが混濁して甦りました。