小舟をあやつる
きっとオレンジの木が育つ場所
丘から、ふと、シグナルの光点として
やまない理性のジャングルとして
土を掘って限られた眼玉の時代とするのは
猿たちの枝から
飛び移る明滅の場所へと
しゃがんで写真館との交点として
舟が傾いた板の上をすべる
たぶん、ただもう、たべられない
幽谷のガガンボの
手足の隠された、モウセンゴケの声のような
やっかいな後ろ手で
君たちの放水する世界へと
蛇腹のクチナシの時間ではなくても
ある日の一言の、一縷の軽蔑の、ボーゼンとして
肥沃な大地のあらゆる裂け目へと
申し開きするための海峡であるから
わたしの舟は小舟です
けだるく親密な時間を
ただ容器の底にうすくれないの
宝石的な目印とする頃の
オールを持つ手の、細く光りつつ
やがてはしらじらと、蛇使いが昇り来る
チャクラの言葉が星たちを
当然的に鰭のように捨てて行く
くわえたばこで、ミチルのからだをひきずって
引き潮の現代花器を漂わすのは
不渡り手形のフランス人のとても悲しい場面です
牛を連れて行く海辺のこのあたり
人の信じる姿のままに
あたりのしじまを
廃墟の
ぴったりとはりついて
打ち消して、打ち消して
こむら返りの
舟をあやつる。
コメント