イマジン

○車内
 高速道路を疾走する車の中。
 運転手は四十過ぎの男、にやけた顔で前方と助手席の少女を交互に見ている。
 少女はというと、男のことなど全く興味がないといった様子で、エナメルの黒い靴の先端を凝視している。

男 おじさんね、実はこういうの初めてなんだけどね、若い女の子と話す機会ってのがあんまりないわけね、キミみたいな世代の女の子がどういうものに興味があるのかわからないし、ただでさえ最近の流行には疎いから、どういう話をすればいいのかも正直わからないんだよね。

 少女は視線を窓の外に移す、男の話は聞いていない。

男 おじさんにもキミみたいな年頃の娘がいるんだけどね、全く会話がないわけね、まあそれはしょうがないんだけどね、おじさん仕事一筋みたいな人間だったし、今まであまり家族のことを想ってやれなかったわけだしね、そりゃ娘もぼくに対して愛情なんて持てないよね、ぼくがもっとちゃんとあの子のことを愛してあげていたら、少しは違ったのかなあ、みたいなことはいつも思うんだけどね、今さらどうしようもないじゃない?

 男は少女の顔を窺おうとするが、少女は窓の向こうを流れる景色に目を奪われていて、その表情は男にはわからない。

男 あ、おじさんの話、面白くない? 面白くないよね、そうだよね、娘ともマトモに会話できないのに、初めて会った女の子と楽しくお喋りできるなんて思っちゃダメだよね、ごめんね。

 沈黙に耐えられない男は、おもむろにカー・ステレオの電源ボタンを押す、ジョン・レノンの歌声。

少女 ……この曲
男  え?
少女 ……この曲、なんて曲?
男  あ、あ、ああ……えーと、知らない? 有名な曲なんだけどなあ。
少女 知らない。
男  ジョン・レノンは知ってるでしょ?
少女 知らない。
男  ……知らないかあ、最近の子はジョン・レノンも知らないのかあ、ビートルズは知ってるでしょ? ジョン・レノンはビートルズのメンバーの一人なんだけどね、色々あって解散しちゃってソロになったんだよね。

 少女は男の話を無視して、ステレオから流れる『イマジン』に耳を澄ませている、男はそのことに気付かず、なおも喋り続けている。

男 この曲はね、ぼくはジョンの最高傑作だと思うんだけどね、平和を歌ってるんだよね、想像してごらん、全ての人々が平和な人生を送っている姿をって、偉大だよなあ、ジョン・レノンは、そういうことを言うのってきっと勇気がいると思うんだよね、特に向こうの国ってさ、戦争とかテロとかが頻繁に起こるわけじゃない? そんな中で平和を歌っても説得力はないはずなんだけどね、ジョンが歌えば素晴らしい歌になるし、平和ってものがとても大切なんだってことに気付くと思うんだよね、そういうのわかる?

 少女はゆっくりと男の顔を覗く。

少女 気持ち悪い。

投稿者

大阪府

コメント

  1. おおおおお!三人で最上部ジャックしてやったねーおじたんとおんなのこはこれから何処に向かうのか?おじたんキレちゃうのか?おんなのこはそれでも事には応じるのか?いくらなのか?ジョンの魂は届いたのか?ポールの鼻の下は何故あんなに長いのか?少しだけ気になりましたよーでも出来るなら気持ち悪いとは言われたくないよねー自重しよ!歯を入れよ!

  2. この少女は死を超越していると思ったんですよね。このおっさんには到底かなわないと。それが私が次の作品を完成させるひらめきになったのです。ありがとうございました。

  3. やっぱし終わりはこうでなくちゃ、と手を叩いてしまう作品でした。キモって言われながら恋に落ちたい年齢になりました。

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