最後の王

もう行くよ、とあなたは言った
わたしの手を取ったままだった
足元には何人もの遺体があって
そこからはもう草が芽吹いてた

有りますかってわたしは聞いた
ひとがくさるところをみたこと
その人は小鳥みたいに考えてた
むかしのこいびとみたいだった

答えたくないこともあるよって
お互いに沈黙の中で会話してた
言葉にしたら偽りになっちゃう
いかなる時も過去は過去のまま

わたしも行っていいんですかと
聞くより前に涙があふれてきて
誰かが弔わなかったら、きっと
このひとたちの死は忘れられる

どれほど寒い思いをしていたか
どれほど飢えてかわいていたか
一歩歩き出すごとに私は気付く
このひとたちはもう感じないと

鳥が歌い花が咲き、人がおどる
美しい音楽がする国へ行くよと
涙がとまらないわたしを連れて
あなたはつまずきもせずに歩く

何が正しかったかなんて誰にも
何が間違いだったかなんてもう
生きているということの前には
逝ってしまった人の前ではもう

ここよりそこはいいところです
傷付くことも憎むこともあって
人はきっと殺し合うでしょうが
この国はもう滅んだ後なのです

その人の言葉はまるで最後の王
に優しく語り掛けるようだった
わたしは生き残ってしまったが
何一つ書き記しも出来ないのに

悲しいのです、とわたしは言う
生きていることが悲しいのです
その人の手があたたかいあまり
その人の足取りが確かなあまり

残酷な森がおいしげるでしょう
太陽は変わらず愛してくれます
わたしはもうそこに帰れません
わたしはもうどこへ帰ることも

できません

投稿者

神奈川県

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。