銀色狐

天幕にぽっかりと開いた穴の様に
まっ白いお月さまでした
「あれが君のお母さんだよ」
同じくらいに白い頬をした
銀ぎつねのお父さんは言いました

 彼らが繋いでいるものが
 小さな白い手だということに
 私は安心して眠るのです
 この夜にたったひとり
 街を滅ぼす嵐を待ちながら

「どうしてお母さんは空にいるの?」
子ぎつねは楽しそうです
銀ぎつねが見え透いた嘘を吐くからです
本物か偽物か
そんなことどうだっていい
自分をぶつのがほんとうのお母さんです
その子も分かっていました

 せめても最期に見えるものが
 自分の愛した世界ならよい
 そう言い
 己の目を潰しながら皆死んでいく
 言葉だけが光り
 消え去ることすら出来ずに残る

ふたりはぼんやりと丘の上に座ったまま
ここが夜の果てだよと
くたびれた顔でお月さまに見とれていました
もうしばらくすると鐘が鳴ります
今宵4つ目の鐘が鳴り終える頃
子ぎつねは隣町の小さな家に嫁ぎます

 銀ぎつねたちは揃って
 嘘をついて本当のことを隠しますが
 それで嫌われてしまうのを
 恐れません
 隠した本当のことが
 いつか現実に明るみに出る時
 心の底にある大切な願いが叶うと知っているからです

「お父さん」
「なあに」
「たのしかったね」
「たのしかったな」
「またあそぼう」
「そうだな、また会えたらな」

 消え去るものの方が
 時に美しく
 銀ぎつねも大人になります
 その真っ白い毛にうずもれた
 悲しみに気付いて
 ああ
 生きていて良かったなと呟きながら
 老いて死ぬ

月光にとんぼが羽根を光らせて
秋の始まりにだけ吹く冷えた風が
すすきの穂を揺らします
子ぎつねは自分の尾を
自分の足に巻き付けて
今晩だけはすべてを忘れて
このひとの子どもでいようと思いました

投稿者

神奈川県

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