輪郭
今こここの時にスクエアな言葉が許されるならば
君はまだ若葉のように柔らかくてキラキラとしていたことだろう
恋に恋する初心な素振りは目の前の僕を通り越し
何か違うものを透かし見ていたんだろ
薄い膜に包まれたような世界の中で
そういったことが何だかこそばゆくてもの悲しくて
真似事ブルースハープ 稲村ヶ崎から浮かぶ江ノ島の風格
夕陽も沈み浮かび上がる茜に映える堂々たる富士の輪郭
繋いでいた手の温もりや湿り気はここに残るも
どんな会話をしてたのだろうか
四半世紀も過ぎればもうそのほとんどは思い出せない
ただ貪欲にひたすら貪欲に
観たいものを観て聴きたいものを聴いていた
10代の終わり 嫉妬に狂いそうな自分を殺した
20代も半ば 別の相手を嫉妬の香りに狂わせた
それは仕返しみたいだ
ああ それはいかにも何かの仕返しみたいだ
世の中から理解されることを願いつつ
トリミングされることには耐えられず
時折被せられそうになるセンスのない額縁みたいなものはぜんぶ叩き壊したつもりでいた
246 から青学向かいのハンバーガーショップ
ABC から円形劇場
そんなところに立ち寄った帰りだったか
冷めたポテトの匂いが鼻腔を突き 押し黙る
周りの喧騒が自分たちだけを置き去りにする
だって・・・なんだもん・・・
消え入りそうなかすかな言葉が聞こえ
うつむいた瞬間その頬を大粒の涙がひとすじ伝うのを見た
素直さに触れるたびにひねくれて難解になっていった僕
膨れ上がった自我は破裂する以外に道もなく
ふたり本当に対等に交わるためには
同じ数と深さの傷が必要なのか
そしてその傷は自分がつける他ないのか
いつしかおかしな迷路にはまり込んだ
答えのない問いを問い続ける痛みと
何はともあれ答えを導き出すことの痛みを
両の手で天秤にかけながら
何を望んでいたのかもわからないまま
まだ何者でもなかっただろう僕たちは
どんな未来を思っていたのか
もしくは思ってすらいなかったのか
おセンチにも記憶に像を結んでは懺悔する
結んだ像は鮮やかに色彩を欠いている
ああ 僕はまったく退色してしまった
記憶の中身はダリの時計みたいに固執したままドロドロになってとろけた
そして輪郭だけがいつかの額縁のように残っていた
空からはそんないくつもの額縁が降ってくる
その額縁に自ら頭(こうべ)を突き刺してみる
縁日の輪投げは何度も何度も繰り返された後
回収されるのを待ってはまた繰り返す
仮にこの世に成就した関係というものがあるのだとすれば
成就しなかったであろう関係や
成就しなかったであろう一日や
成就しなかったであろう刹那の
ひとつひとつを掬い上げては空に放ちたい
空には無数の詠われなかった詩が充満していて
空は詩が死した後の墓場でもある
やはり光の粒々になって飛んで行くしかないのか
もし飛んで行ったとしても当然そこには誰も待ってなどいないと知るには十分な齢も重ねた
始まっては終わり始まっては終わり
いつもいつも始まりと終わりばかり
その間に横たわる大切な時間を無碍に過ごし
身勝手に生き結局ひとりの無情な日めくり
梅雨明けの青空に洗濯物が揺れている
こんな日は日陰で微風に微睡んでいたい
世界なんて一篇の詩だったら良かったのに
コメント
「僕」を客観的に見る「僕」が居て、その描写にこころ打たれます。
全体を通してからの最終連がすてき。世界なんて一篇の詩だったら良かったのに、特に特にここでぐっときます。
このお作品、短編の小説にふくらませることができると思います。ぜひぜひ!
6連目、…いいですね。ちょっと泣きそうになります。
ふたり本当に対等に交わるためには
同じ数と深さの傷が必要なのか
そしてその傷は自分がつける他ないのか
こしごえさん、自分の中では気恥ずかしさの混じるタイプの詩で、こういうのもありで行こうかと投稿してみたのですが、主体となる「僕」の客観的な視点を読み取って頂いたり、最終連をすてきと言ってもらえて嬉しいです。時間が経ったからなのか、当時からそうだったのか自覚はあまりないですが、確かに観察者みたいな自分がいつもどこかに同居してるようなところがあります。
長谷川さん、短編小説ですか…詩から短編、短編から詩、どちらが良いんでしょうね。イメージをコラージュしてるような自分は小説になるとプロットというか構成で苦労しそうでちょっとどちらも自信ないですね。
第六連は作者的にもキーとなる感情(の迷路?)だと思っていて、そこに響いてもらえて嬉しいです。
自分ではこの詩みたいなウェットな世界を冷笑してしまうような自分も抱えていて、一方で乾涸びるほど乾きすぎてパサパサの感情に水を遣る係員のような気持ちで、それをあえて書いてみたようなところもあります。
青春詩の大作ですね。若きエゴやそういう誰もが通り抜け、そして思わずなかったことにしたくなるようなそういう輪郭が見えました。とても読んでて思い返すことがありました。
稲村ケ崎から江の島、由比ガ浜は若かりし頃僕の縄張りでした。あれやこれやの悪い事や、少しはいい事もしたな。
ああ、因みに僕は世界なんて一篇の詩だと思っています。
冷やし中華はじめました的に、青春詩、書いてみました。王殺しさん湘南界隈にいらしたのですね。「あれやこれやの悪い事や、少しはいい事もしたな」ってもうそれ自体が青春の歌詞みたいです。
『世界なんて一篇の詩だったら良かったのに』と結んだ自分は、まだそうは思えていないということでもあり、思っていますと言い切れる王殺しさんの強さに惹かれます。