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あの穴の向こうには何があるの?
役目を終えた夏服があるの

あっちの穴の向こうには何があるの?
下着が回ってるの

蓋の開いた穴の向こうには何があるの?
いま取り出したばかりの私の心があったの

心はいまどこにあるの?
綺麗になった心が馴染むまで、寝転ぶ私の中にあるの

●この穴はおれのか? おまえのか?●
○どやろなあ だれのものでのないのんとちゃうやろか?○
●ほんなら おれがこうやってふさいでもええのか?●
―そうすると――息ができへんなあ―
●ほんならやっぱり おまえのか?●
○○あなたのでもあり わたしのでもある●●

きみら、穴から出たらもう戻られへんねやろ? 
おれらは、もうちょっと大きくなるまで出入りできるねん。

穴の開いている靴下があった。
「靴下に穴が開いてしまった
「いいえ、あなたが穴なのです
「どういうことだ?
「あなた自身が穴なのであって、穴の開いた靴下などないのです
「靴下のくせに何をいう!
「私は靴下ではなく、穴であり、あなたであるのです
「なぜ私が穴なのだ?
「あなたは穴に食べ物を入れて、穴を通って栄養を吸収し、穴から排泄物を出す
「違うぞ! 口からものを食べて食道や胃や腸を通って尻から糞をだすのだ
「尻の何から出すのですが?
「尻の穴からだ
「ほらみなさい、あなたは穴ではないですか
「尻の穴から出すのは糞じゃないか
「食べ物はあなたを通って糞になる
「それはそうだが……
「だからあなたは穴なのです
「私は穴なのか……
「あなたは穴であり私も穴である。

「穴から出てきたの?」
「いや、穴に潜ろうとしているのさ」
「どうして?」
「けっこう沢山、世界を見たからね。少し自分に籠ってみようと思うんだ。いつだって世界は輝いている」
「私はそうは思わないけど……」
「それは俺の知ったことではないね」
「ずいぶんな言い方ね」
「違うよ、君のものの見方を認めているんだよ」
「知ったことではないのに?」
「そうだよ。俺と同じように、世界は輝いていると思えとは、思っちゃいないからね」
「だって、輝いてるとは思えないし……」
「だからそれでいいんだよ。毎日三食めしを食って、夏は涼しく、冬は暖かく眠れる巣に住んでいるというのに、この世はおかしくなっていると思う君のものの見方はね」
「非難してるじゃないの」
「非難しているように聞こえるのは君の問題であって、それも俺の知ったことではないね」
「でも結局は、いい世界に住んでると思えっていう圧力をかけてるじゃない」
「そんなことは思っちゃいないさ」
「そんな風に聞こえるんだけど」
「それはしょうがない。俺は君の耳を持っていないからね」
「そうやって、また非難する」
「俺と、君が、別々であることを認めているだけだよ」
「すこしは優しい言葉をかけてくれたっていいじゃない」
「いつだって世界は輝いているって言ったじゃないか」
「それが私とどう関係があるのよ」
「俺から見える外側の世界は輝いているってことだよ」

毎日毎日己の中を掘っていて
ここにもないあそこにもないどこにもない
自分は愛など持ち合わせていないのだ

あきらめ投げ出した鶴嘴が突き刺さった己から
愛が溢れ出して驚いた

それからは溢れちゃって溢れちゃって
毎日他人に配ってるんだけど
溢れちゃって溢れちゃって

水平のアイデアと垂直のアイデア、
というコンセプトについて読んだことがある。
穴を掘ってみて場所を間違えたと悟ったら、
それ以上深堀りしても仕方ない。
そんなときは、水平のアイデアだ。
間違った穴は見捨てて、別の場所を掘ってみたらいい。
(シーモア・クワスト)

いまはもうないけど、家の近くに畑の跡地があった子供のころ、そこの土を掘るとオケラがいて、それをつかまえて持ちかえり、プラスチックのケースの中で飼っていた。飼うといっても、何を食うのかを調べようともしない子供時代だったので、昆虫を飼うはしから殺していたのだが、そのことは覚えていない。バッタ・カマキリ・ハチ・カナヘビ・カエル・カメ(は逃げた)など、飼ったことは覚えているものの、死骸をどうこうした記憶はない。おそらく、母親が処分していたのだろう。そうやって昆虫や小生物をたくさん殺してきたから命の大切さを考えるようになった、ということはおそらくない。ただ、ハムスターを飼ったものの、ろくに世話をせずに短い期間で死んでしまったときに、自分には生き物を飼う資格がないと考える様になった。ここでいう「資格」とは、誰かに与えられるものという意味ではなく、自分で考えて思うこと。私とは対照的に、私の父親は生き物を飼う資格をもった人だった。兄がもらってきた犬の散歩を必ずする人だったし、近所の子供といっしょになって飼った魚・ザリガニ・カブトムシ・チョウなど、成虫までうまく育て、番をつくり、卵を産ませて増やすことも得意だった。父の姿を見ながら、生き物を飼う資格の一つは、毎日かならず世話をすることだと思った。餌やりは当たり前のことだが、清潔にしたり、気温の変化を気にしたりも必ずする。でも、父の面白い所は、犬猫サイズになると別だが、小動物に対しては名前をつけたりしないことだった。亀は亀、ベタ(熱帯魚)はベタ、ザリガニやメダカに関しては、なんらかの名で呼びかけたこともない人だった。

人差し指と親指の間に
ずんぐりしたペンがある 銃のようになじんでいる

窓の下でカリカリとよく響く音がする
鋤が小石混じりの土にくい込んでいるのだ
親父が土を掘っている 見下ろしていると

花壇のなかで臀に力がこもり
ぐいと下がっては上がってくる
それはジャガイモ畑の畦で親父が土を掘る時のリズム
上体を屈めているあの二十年前の姿だ

ごわごわした長靴を鋤の耳にのせて
膝の内側に柄をぎゅっと当て てこにしていた
よく伸びた茎を引き抜き キラキラと光る刃を深くうめ込んで
新ジャガを辺りに堀りだした 僕らはそれを拾い上げては
その冷たい固さを両拳で愛でた

さすが 親父は鋤の使い手だ
親父の親父もそうだった

トーナーの沼地で 祖父さんは一日で
誰よりも多く泥炭土を切り取った
ある時僕は紙で無造作に栓をした牛乳瓶を祖父さんに届けた
祖父さんは腰を伸ばしてそれを飲み
すぐにまた仕事に戻り
きちんと土に切り目を入れ 切り取っては
芝土を肩越しに放り投げ 良質の泥炭土を求めて
どんどんと掘り下げた 土を掘る

ジャガイモ畑の表土の冷たい匂い 湿った泥炭のぐにゃぐにゃで
びしゃっとした感触 生きている根を
そっけなく切った鋤の刃の切り口が僕の頭に甦る
だが僕の手にはこうした人の後をつぐ鋤はない

人差し指と親指の間には
ずんぐりしたペンがある
僕はこれで掘るのだ
(「土を掘る」シェイマス・ヒーニー)

彼らの胸のなかには土があった、彼らは
それを掘った。

彼らは掘った、掘った、こうして
彼らの日は過ぎて行った、彼らの夜は。しかも彼らは神をたたえなかった、
これらすべてを望んだという神を、
これらすべてを知るという神を。

彼らは掘った、そして何の声も聞かなかった――
彼らは賢くはならなかった、何の歌も生み出さなかった、
いかなる種類の言葉も考え出さなかった。
彼らは掘った。

静けさがやって来た、嵐もやって来た、
海がこぞって押し寄せて来た。
僕は掘る、君も掘る、そして土の中の虫も掘る、
すると彼方で歌っているものが言うのだ――彼らは掘っていると。

おお誰か、おお誰ひとりでも、誰でもない者、おお君よ――
どうにもなりようがなかったのに、どうなったのか?
おお君が掘る、僕が掘る、僕が僕自身を掘る、君の方むけて、
そして僕らの指には指輪が目覚めている。
(「彼らの胸のなかには土があった」パウル・ツェラン)

地を掘る君達
重い大きい鶴嘴を土地のなかに打込む君等
おゝ汗する君等
満身の力を一本の鶴嘴に込めてそれで生命の糧を得る君等
鶴嘴一本で愛する妻子を養つてゆく君等
おゝ君等の足の下に何と土地が掘り下げられてゆくよ。
そこには既に大いなる洞窟がある、君達の鶴嘴のさきに眠りをさまされてゆく埋れたる沈黙がある、おそるべき未発見がある、切展(きりひら)かるゝべき世界

君の一枚の襯衣(シヤツ)は汗にしんでゐる
君の頭髪はべつたりと額にたれ下つてゐる
君の双腕(もろうで)には血に充ちた力瘤の隆起がある
君の二本の足はしつかりと地上に下ろされてゐる
君の眼は鋭く、そして不断に無限の愛に燃えてゐる――まことに君等ほど純粋の友情に生きるものは無い
君等ほど愛に飢ゑ、君等ほど愛に充されてゐるものは無い
君の指は太く、掌はひろい、君はあらゆるものに力限りの握手を求めることが出来る
あらゆるものが君の掌のなかに真実の感動と歓喜を経験する
君の胸ははゞひろい、君の胸は熱した血と豊かな逞しい骨肉とで豊饒な土地の如くにふくれてゐる
君の胸はあらゆるものに開かれてゐる、君の胸はあらゆる健全な女性のものを受けることが出来る
君の力は何者をも貫き通す、何者にも打勝つ
何者をも恐れない

地を掘る君達
君達の鶴嘴は鉄でつくられてゐる
君達の鶴嘴はあらゆるものを粉砕しつくすだらう
あらゆる偶像、あらゆる幻し、あらゆる根底なき信仰を打破るだらう
あらゆる君達の行手の障害を突破するだらう
君達は何人にも使役せられずまた何人にも犯かされない
君達は個人である
君達の労働は君達に天与のものである
君達の力が君達を活かす
君達の自由と、君達の権利と、君達の平等の愛の為に奮闘せよ
君達相互の美しい友情が世界を掩(おほ)ひつくしにゆくだらう
君達のうち困れる者は君達の仲間が救ふだらう、君達のうち迫害せられるものは君達の仲間が回復しにゆくだらう
君達こそは中心である、君達こそは人間そのものである、君達こそはすべてのものの中枢である、君達こそは君達自身の支配者である。

地を掘れ君達!
地を掘れ君達!
土地は君達の前に宏大である
君達の下に無限である
君達の鶴嘴が君達を光の方に導くだらう
未来の国の方へ導くだらう
愉快なる「実現(レアリザツシオン)」の方に導くだらう
地を掘れ君達
やがて堀りゆく土地の底から君達の太陽を見出すだらう
真実の光は君達を待つてゐる
君達の鶴嘴がその暗黒の扉を打毀しに来る時を待つてゐる
彼は君達の足音を聴いてゐる
君達の鶴嘴の響きを聴いてゐる
君達のシンセリテイに充ちた心臓の鼓動を聞いてゐる
光は君達を待つてゐる
光は君達を思慕してゐる。
(「地を掘る人達に」百田宗治)

僕らがかつて読んだ
〈深み―へ―行く〉言葉。
それ以来の歳月、言葉のかずかず。
僕らは今もあのころのまま。

分るかい? 空間は無限、
分るかい? 君は飛ぶ必要がない、
分るかい? 君の目に書きこまれているものが、
僕らの〈深み〉を一層深める。
(「深み―へ―行く言葉」パウル・ツェラン)

誰でもないものが僕らをふたたび土と粘土からこねてつくる、
誰でもないものが僕らの塵に呪文を唱える。
誰でもないものが。

たたえられてあれ、誰でもないものよ。
あなたのために
僕らは花咲くことを願う。
あなた
にむけて。

僕らはこれまで
ひとつの無だった、いまも無であり、これからも
無のままだろう、花咲きながら――
無の、
誰でもないものの薔薇。

魂の透明さを持つ
花柱、
天の荒涼さを持つ
花粉、
茨の上方で、おお茨の
上方で僕らが歌った真紅の言葉のために
紅の花冠。
(「頌栄」パウル・ツェラン)

何故苦しむ者に光を賜い
心悩める者に生命を賜うか、
その道隠され、神その前を
蔽われたその人に。
彼らは死を待つとも無駄で、
隠れた宝を掘るように堀り求める。
彼らは塚を得て喜ぶであろう。
墓を見いだせば歓呼するであろう。
(『ヨブ記』関根正雄訳)

ひろい荒野に白衣の娘が
鋤(すき)で地面に穴を掘っていた
ろくろく顔も見られないほど
きれいだけれど恐かった

せっせと掘るきれいな娘
いともふしぎに歌くちずさむ
「するどい鋤よ 大きな鋤よ
深くてひろい 穴を 掘れ掘れ」

娘のそばに近寄り ぼくは
小声で聞いた「あのねえ
お嬢さん そこに掘る穴
それは なんなの」

すると娘は早口に「おしずかに
あなたの冷たい墓を掘るのよ」
きれいな娘がそう言うまにも
穴は大きく口あける

その墓穴をのぞきこんだとき
ぼくはぞっとして身の毛がよだった
たちまち黒いその穴の闇に
ころがりこんで 夢からさめた
(「夢の絵」(抄)ハイネ/井上正蔵訳)

引用した書籍の紹介。
シーモア・クワスト:『the DESIGNER says デザイナーから学ぶ創造を磨く言葉たち』ビー・エヌ・エヌ新社
『誰でもないものの薔薇』パウル・ツェラン/飯吉光夫訳 静地社
百田宗治:『日本の詩歌13』中央公論社
『旧約聖書 ヨブ記』 岩波文庫
『歌の本(上)』ハイネ/井上正蔵訳 岩波文庫

絵1:NEKO https://x.com/C18No3
写真2・3・5:https://pixabay.com/ja/より

投稿者

大阪府

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