死にかけのおじいちゃん

年末から入院したおじいちゃん
お正月はどうしても家に帰りたいと言う

すごく小さくしたお餅のお雑煮を食べる
熱いお茶が好き
よちよち歩きでやっと腰をおろし
座ったとたんゼェゼェ息をしている

戦後まもなく進駐軍がやってくると漆器の自慢の花器を売って
お金の代わりにラッキーストライクをもらっていたおじいちゃん
フィルターが焦げる程煙草を吸ったおじいちゃん
子供の頃の親父を映画に連れて行ってあげたおじいちゃん
胃癌で胃袋を半分切り取っても復活したおじいちゃん
緑内障、白内障、手術してほとんど目が見えないおじいちゃん
耳が遠くなりすぎてテレビもラジオも新聞もわからないおじいちゃん
相撲とプロ野球と水戸黄門が好きだったおじいちゃん
それでも痴呆てしまったおばあちゃんに何度も会いに歩いて行ったおじいちゃん

お正月のお雑煮に満足だともらしたおじいちゃん
「21世紀やで」と言うと「そうか」と言うおじいちゃん
黙り込むおじいちゃん
ずっと考え事をしていたかと思うと急に
預金通帳や保険、それに印鑑のありかを親父に引き継ぐおじいちゃん
自分の弟の戦没者弔慰金の受け取りに気を遣うおじいちゃん
母親を呼んでおばあちゃんの宝石をあげるおじいちゃん
チョコレートのありかを僕に教えるおじいちゃん
「しんどくないか」と聞くと「しんどうない」と答えるおじいちゃん
煙草を吸っても咳き込んですぐ消してしまったおじいちゃん
「みなに迷惑かけるな」と言ったおじいちゃん

救急車で病院に戻ってICUで酸素マスクのおじいちゃん
「世話になったな」と遺言みたいに言うおじいちゃん

死にかけのおじいちゃん
今何を考えてる
死にかけのおじいちゃん
今何を思ってる

死にかけのおじいちゃん
これだけ教えてくれ
人生はよかったか
生まれて生きてよかったと思ってるか

死にかけのおじいちゃん
死なんといてくれ

投稿者

千葉県

コメント

  1. 魂の叫びのようなものを最後の「死なんといてくれに感じました。」

  2. 南方さん、ありがとうございます。
    ほぼほぼ死にゆく者を受け入れられる年齢でいて、それでもやはり、死なんといてくれ、と書けた当時の自分はある意味素敵であったと思いたいです。

  3. チョコレートのありかを僕に教えるおじいちゃん
    ここで、ぐっときました。(泣)

  4. 長谷川さん、この詩はすべて実話ですね。
    あんなに予定通りに引き継ぎをして(孫へのチョコレートを含め)この世を去ることなんてできるんだろうかと、今でも尊敬しています。

  5. じいちゃん
    生きているだけで
    良いよね

  6. na2さん、ほんとそうですよね。
    21世紀になってすぐに、決めていたかのように逝ってしまいましたが、生前ギリギリのタイミングでもこの詩を書いておいて良かったと思います。

  7. とてもすてきな おじいちゃんですね☆

  8. あぶくもさんがこの詩を書く時に、感情に流されないで おじいちゃんのことを書いていて、すごいと感じます。
    そして、全体を通してからの最終連で たいせつな おじいちゃんに話し掛けるところにぐっときます。

  9. こしごえさん、とても嬉しい感想をいただき、ありがとうございます。今思えばこの頃は自分も20代だったのかと時の流れのはやさのあまり、すべてが夢の中のように感じてしまいます。

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