切通しの道 (④)
つややかな幽霊が深い藪の中からあらわれる
本格的な秋を交わすまえに
あなたとともに風流な悲しみを味わいたい
たぶん江戸の瓦版をにぎわした
深川のおんなどざえもんだ
やけに柳が風にゆれている
つーるつーると、屋台の蕎麦屋が笛をふく
それじゃあなんですか、わたしが按摩を殺したってゆうんですかい
鴨の肉をうすくスライスする機械が工場の一角にある
そこでわたしは鴨のやつに引導を渡しているのだ
〈決して痛みは感じないから大丈夫だよ〉
〈それから長い階段を登って行って〉
〈鴨の神さまにお会いするのだよ〉
ここから工場の外の景色を最期にすこしばかり見ることができる
夕陽に染まる稲穂の金色である
君たちが夏の間に草取りをしてくれたから
こうしておいしいお米が取れるのだよ〈ありがとね〉
ちょんっ、鴨の首が飛ぶ
そのまま機械の中に吸い込まれて行く
ゴーゴーと機械は回転する、すさまじい音を立てて
信州のこのあたりでは〈鴨神社〉があちこちにある
そして鴨の幽霊は何故か〈美しい女になって〉あらわれるのである
なにせ、わたしはそのような仕事柄だ、毎日のように
鴨の変容した美しい女の幽霊にあう
じつにそれはこの池の前をすぎるあたりで
あらわれるのである、ひゅううう、どろどろろ、こんばんわ
美人の幽霊は絹の着物姿であることが多い
なんとも高価な織物らしく見える
〈そのせつは、おせわになりました、おかげで仏様におあいできました〉
それはようござんしたね、きょうはどうしてここへ
〈はい、無念のことがひとつありまして、あなたさまにすがろうと思ったのでございます〉
そんなことなら言ってくださいな、たいていのことなら
わたしが叶えてしんぜますよ
えんりょなんていりませんよ
つややかな幽霊が深い藪の中からあらわれ
恐くなんかありませんなんにも
わたしが成仏させてあげたのですから
そうですね、鴨の首をこんな風におさえつけて
それでね、右手のおおなたでちょんっ、と
ただそれだけのことですよ。
コメント
鴨の首を切るのと切り通しが重なってしまう不思議な作品。
そもそも切り通しを歩くととても不思議な感覚があります。
関東では鎌倉が特に有名ですが確かに100メートルぐらいの
大男がいたら、どでかい彫刻刀で、山をぐざーってやって
あっという間に切り通しが出来上がる夢のような話もいにしえの
出来事か未来の科学でありなのかもしれないけど、鴨の首
だとしたら、案外、今も出来る人がいるのかもしれないな
と、人の力の奇跡みたいななにかがあるのかしらと感じました。
@足立らどみ
@足立らどみさん、感想ありがとね、です、切通しは反自然的であるとともに、その行為が与える感覚的なものは、反射的により自然の力を、感じさせるようです、空がひらけると、空の暗さがあるように。不思議です。