マネキンは親指を立てない

運転中だったおれは後ろのパトカーに停車させられる
クルマを路肩に寄せ、おれは窓ガラスを降ろす
運転席側の窓から警官が車内をのぞき込む
おれの顔を見て次に助手席のマネキンを見た
おれにクルマから降りるように促す
クルマから降りたおれは後部座席のドアを開ける
警官は後部座席に2体並んだマネキンを見る
トランクを開けるとそこには取り外したマネキンの脚が6本入っていた
おれは家族旅行をしていると言った
なるほど、と呟いて、警官は手帳に狂ってると走り書きした
良い旅を。ボンボヤージュ
メルシー。ありがとう
おれは腰から上のマネキンを載せた座席のシートベルトをひとつずつ確かめるとクルマを発進させる
おれは自分の狂った行動を止めることはできないが、狂っている自分にじゅうぶん適応できている、つまり、
自分の狂った衝動を社会に無害な形で実現する方法を知っている
それも今日までだが
おれはその後も上機嫌で最後の家族旅行を満喫し、家路に着いた

マンションの地下駐車場に停めたクルマから降りたおれに若い男たちが三人近づいてくる
ひとりはおれが降りたばかりの車に乗り込み、マネキンといっしょに駐車場から出ていく
先生、予定通り、外相が空港から大使館に向かっています
じゃあ、始めよう
ひとりが携帯電話で指示を出している間に別の男がスライドさせたドアからおれはハイエースの後部座席に乗り込む
中には先客がいて通信機材に囲まれている
おれのゼミの学生のひとりだ
男たちは全員卒業生たちだ
地上では指示を受けた複数の班が合わせて100機を超える自爆ドローンを離陸させたところだろう
狙いは会談のために来日した中国の外相だ
中国と日本の紛争を起こす
日本という国全体にアドレナリンをあふれさせるのだ
国が亡んでもニンゲンが復活すれば良い
偽物の果実ではないことを証明するためには地面に落ちて中身をぶちまけるしかない
おれたちが落ちた場所からホンモノの抵抗が芽吹くだろう
地下駐車場から地上へ出ようとしたハイエースの行く手を右手から出てきた大型トレーラーが塞ぐ
荷台の側面はすでに開かれていて、小銃を構えた特殊事件捜査班の隊員たちが一斉にこちらに向かって飛び出してくる
ギアをバックに入れ、ハイエースは後方に向かって急発進する
隊員たちが発砲を始め、たちまち前面はハチの巣になる
ハイエースが急停止する
先生、良い旅を
ゼミ生が後部ハッチを開き、おれを外に押し出す
ハイエースは再び前方に向かって突進する
おれは地下へ降る坂道を走り出す
残念だったわね、パパ。頭でっかちのもやしたちは全員逮捕した、ドローンはひとつも飛ばなかったし、爆発しなかった
わたしはずっとパパを監視してた
おれの目の前に立ったのは別れた妻に引き取られて以来、10年以上会っていなかった娘だ
ママは元気か?
ママは入院して死ぬよりもっとつらい目に合っている、すごく苦労して
すまなかったな
謝って済むなら、わたしが警察になる必要はなかったわね
どうして警官になった?
合法的にパパを撃つためよ
そうか
弱かったママはろくでもない男にすがって、私はその男に性的虐待を受けた
その男はおれが殺そう
パパに怒る資格はないし、それにもう遅い。その男は私が殺した
おれはにやりと笑う
さすが、と言いかけたとき、娘はおれの顔にまっすぐ銃口を向けた

くたばれ、パパ

娘は引き金を引いたらしい
おれの鼻の頭に当たった銃弾は、おれの鼻の穴の数を3つに増やして顔の中を奥に向かって直進し、脳幹を掻き回しつつ後頭部を吹き飛ばして外に出る
娘の動作に寸毫のためらいもなかったのが証拠だ、それは恨みによる復讐ではなかった、軽蔑する対象を排除、つまり、清掃、おれが本物の生活に耐えない思想的マネキンにすぎないことを見抜いたからに違いない

グッジョブ

おれは立てた親指を娘に見せてやりたかったが、即死したおれに親指を立てる暇があったかどうかは分からない
娘にはおれを恨む気持ちがやはりすこしはあったのだと思いたい、娘の射撃はあまりに正確だった、それはおれに対する罰を含んでいた、そうでなければおれは破壊された身体の苦痛と同時に精神の浄化も味わえたはずだ、味わっていればおれは自分が本物の無能なパパとして死んでさぞ清々しかったことだろう

おれの親指はきっと真上に向かって立っている

娘はもう振り向かないだろうから、誰か代わりに見ておいてくれ

投稿者

北海道

コメント

  1. 清涼な読後感は硬質なマネキンを壊すからなのでしょうか
    あるいは、現在の中国の外相の辛いイメージを払拭できた
    からなのかもしれないし、あるいは、知的なサヨクぽい、
    ウヨク的なテロルのような、もろもろの概念を吹き飛ばす
    はちゃめちゃさというか特殊事件捜査班が嫉妬心をサット
    片付けてくれたからなのかゼッケンさんの才能が開花する
    ところをリアルタイムで読んでいるからなのか。凄い わ

  2. ゼッケンさんの詩は、詩でありながら、小説のようでもあり
    また、短編映画のようでもあると感じます
    読みながら映像が浮かんでくるというか

    多分、ゼッケンさん自身はさりげなく、サラッと描いてるのかなと思うのだけど
    これだけ長いのに、まったく無駄がなく、まったく飽きさせず
    最後まで引っ張っていってくれるその力量
    スゴイっす

    かっこいい!

  3. @足立らどみ

    >ゼッケンさんの才能が開花するところをリアルタイムで読んでいる

    すっごい遅咲き。ぽえ会のリュウゼツラン、ゼッケンです。らどみさん、こんにちは。私、もう20年選手ですけど、いまだに「才能」とか「開花」という言葉に敏感に反応してしまっている自分が嫌です。それでも褒められてやっぱり嬉しいのは技術より才能! テクニックよりセンス! すみません、おじさんがはしゃいでしまいました。まあ、咲いてしまったものは愛でるよりしかたがない。咲いてしまえばあとは散るだけ。次の開花はいつかしら? 竹は咲いたら枯れちゃうっていうけど。

  4. @雨音陽炎

    >ゼッケンさん自身はさりげなく、サラッと描いてるのかなと思う

    これね、言われたいよね、一度は、って、思ってたやつ。雨音さん、こんにちは、ゼッケンです。ありがとうございます。でも、ぜんぜん頑張ってるから! 自分の才能のなさを恨み、若い人の感性を妬み、達人たちの知性に打ちひしがられながら書いてます。だって、書いて読んでもらったらうれしいんだもん。

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