かわいい猫
来週逢うから今週は逢わない
私の予定表に入っていないから逢うことはできない
疲れているから……
この時間からこの時間までは逢うとき
この時間からこの時間は寝るの
この時間に起きて会社に行き
この時間に帰る
先週逢ったから今週は嫌
今週逢うなら来週逢わない
そんな計算高い 計画的な恋愛
やるときがあるとき恋愛はいらない
恋愛はそのあと その隙間
あなたがいてくれて嬉しいわ
だって隙間がなくなるんですもの
でもたまには隙間も欲しいわ
だってひとりが時には必要よ
好きよ チョコレートをあげる セックスもするの
あなたもそうして 私のようにして
あなたは私を愛しているんですもの
思いやりを大事にしてね
私のように
私が仕事をしているときあなたのことを考えないように
寝るときに考えないように
遊んでいるとき考えないように
あなたのことを考えるのはそのあと その隙間
あなたはいつも私のそばにいるわ
だってあなたのことを考えない時間以外は
あなたのことを考えているんですもの
お掃除して 買い物に行って 街を歩くの
そして部屋でのんびりと本を読むわ
そうよそのときあなたはいらない
私が寂しいとき 考えることがなくなったとき
あなたはすぐにそばに来て
それは可能よ
私はあなたのことを考えるわ
だってあなたは私を愛してくれる
私には隙間がない
私は充実して満足している
あなたと 私に考えさせてくれるさまざまなものたちによって
だからあなたもそうして
仕事をしているときは私を忘れていい
考えごとをしているときは忘れていい
友達と楽しく過ごしているときは忘れていい
寝るときも起きるときも食事をしているときも私のことなど忘れていい
あなたの隙間に 何もすることがなくなったときに
私のことを思い出して
だけどふたりの隙間がかみ合わないときは残念ね
だって片方は片方を必要としないんですもの
そういうときはあなたが折れてね
だって私があなたを求めているのに
あなたに私が必要なかったら悲しいんですもの
あなたには悲しさを抑えることも
悲しい私をなぐさめることもできるはずよ
だってあなたは私を愛してくれている
秤にかけて恋愛の重さを測るの
今週と来週
来週が傾いたわ だから来週にしましょう
今週と来週の両方なんて無理
だってそれじゃあ重すぎるわ
ほどほどがいいのよ
愛に際限がないなんてうそ
ううん 本当かもしれない
だったらなおさら限界を作らなくっちゃ
限界はここよ
これ以上入っちゃだめ
これ以上私の生活に入らないで
ここからは私だけのもの
ここまではあなたと私で共有しましょう
愛の重さはこれだけ
精巧な秤があったらきっと測れるわ
でもあなたは秤を壊してしまう
あなたは愛には際限がないと言う
あなたは計画的な恋愛なんてまっぴらだと言う
あなたは 愛はいつでもどこでもどんなときにも存在し
自分の総てが愛に従属していると言い
肉体も精神も生命も時間さえも
世界中のあらゆる出来事 あらゆる物質でさえ
私たちの愛の奴隷だと言う
私たちの愛は絶対であり 世界を支配しており
唯一無二で何ものも侵すことができない神のようなものだと言う
そんなことは分からない
私にはさっぱり分からない
私はそんな大層なものを持った覚えがない
そもそも不必要だ
私は満足しているのに
私は充実しており幸福なのに
あなたは愛を自由にしすぎて
私たちの関係を壊してしまうつもり?
華奢なガラス細工のような私たちの関係は
愛の重さできっと潰れてしまうわ
華奢なままにしておくのはきみじゃないかとあなたは言う
愛は潰すのではなく ガラス細工に鉄骨を打ち込むのだと言う
愛は尽きることを知らない
愛はひととき休息するかもしれないが
前より強大になってすぐに立ち上がる
僕はそれを知っている
僕は今まさにそれを体験している
惜しみなく愛は奪う その欲は限りを知らない
僕を食いつくす
きみと逢った時間も きみが去ったあとすぐに食いつくされる
そしていつもいつも 毎夜毎夜
僕は愛の飢えで心がかきむしられる とあなたは言う
私はそうではないわ
私の愛は静かでおとなしい猫のようよ
私になついてくれる
忙しいときはひとりで静かに眠ってくれる
私が必要としたとき
すぐに起きてきて 私の膝の上で
無邪気に戯れてくれる
その猫は一匹よ
その猫には大きさも重さもあるわ
だけどときどき餌をやらなければ死んでしまうのでちゃんとあげるわ
私になついてくれるので私も好きよ
だけど出ていく分には止めはしない
いらなくなれば捨ててきてしまうかもしれない 今は好きだけど
やっかいで世話がかかると面倒くさいの
でもやっぱり帰ってきてしまうでしょう
だって猫ですもの
でも出て行ったあとに
もっと素晴らしい 毛並みのいい おとなしい かわいい
世話のかからない 賢い猫が入ってきたら
出て行った猫を入れてあげる保証はないわね
猫を飼っているのは私
猫に飼われているのではない
愛を支配するのは私
愛に支配されてはいない
何かに支配されるのって良い気分じゃないの
私は私 何ものも侵すことはできない
でもあなたは違う
あなたにとって私は あなたと私は あなたと私の愛は
あなたにとって神のようなもの オオカミのようなもの
あなたを駆り立て あなたを支配し あなたに幸福を約束する
あなたはあなたの愛をどうすることもできない
あなたの計画で 私の計画で それを動かそうとすると
あなたの中で激痛が走る
私は私の愛に苦しめられることなんてないわ
あなたの愛は強く情熱的ですばらしい歓喜を与えるものだけど
わがままで とどまるところを知らないのね
徐々にひそかに調教していけばどう?
けじめを覚えさせ 怒らせないようになだめてがまんするの
そして自分の計画表の一部に組み込んでしまうの
そうすれば楽よ 私みたいに
もう愛によって はらはらさせられることはなくなる
燃えるような愛なんて 現実的じゃないわ
現実を燃え尽きさせてしまう
もっとコンパクトで便利な恋愛がいい
イヤホンで聴く音楽のような
高価なオーディオのようなのはだめ
音は良いけど持ち運びに不便じゃない
あなたは そんなのはまっぴらだと言う
わからず屋
あなたは理想ばかりを追っている
私のことを考えてよ
私はこの愛を失いたくないの
居心地のいい 穏やかなやさしい猫
私の生活を乱さない
かわいい猫
コメント
読みながら、あれ?これってたかぼさんの詩だよね?
と一瞬思ってしまいました(スミマセン)
気ままな彼女さんだなあ、と思いながら読んでいくと
たしかに、愛していたからといって
四六時中ベタベタ一緒っていうのは
最初はいいかもだけど
段々お互いに疲れて
嫌なところばっかり目に付くようになったり
それはあまりいい関係とは言い難いですものね
適度な距離感というか
相手のために無理をしないというか
我慢がいずれは不満に変わり
全部相手のせいにしてしまったりもするから
かわいい猫のような愛
手のかかるのは勘弁
互いの愛が噛み合わないときはあなたが折れて
っていうところに
彼女さんの気まぐれな猫っぽさも表れているのかなあ、と
面倒くさくて都会的で合理的で諸々感性が逸材の“私”が語り続けるそれは、韻もあってややこしいのにすらすらと読めて。
神とオオカミのリンクの仕方に賢こさを強く感じたりして。
駆け出してから長距離の結び方まで完璧に格好良い。
です。
@雨音陽炎
>あれ?これってたかぼさんの詩だよね?
誰かこれを言ってくれないかな、と思っていましたので雨音さんが早速言ってくださり嬉しかったです!
ありがとうございます。
@たちばなまこと
「神のようなものオオカミのようなもの」を「神のようなもの狼のようなもの」としなかった点に気づいてくださるなんて、なんてしっかり読んでくださっているのでしょう。
ありがとうございます。
@サーラ
ざっくり言ってこの女性は愛していないですよね。まだ単にお子ちゃまに過ぎないのか?
男性の方も愛しているかどうか怪しいですね。イメージとしては「天井桟敷の人々」のバチストのような感じ。
彼は「一緒に暮らしている同士がみんな愛し合っているなら地球は太陽のように燃えるはずだ」という名言を残しています。
こんな女や男は嫌ですよね。
コメントありがとうございました!
あなたはあなたは、わたしはわたしは、愛は愛は、逢えるの逢えるの、連なって問い掛けられて口を噤ん、思うようにはいかないものでした、はい。記録しておかなきゃねー
@三明十種
これがまたほぼドキュメンタリーなんで(^^;) コメントありがとうございました!
世の中には、さまざまな人がいますね。
そして、さまざまな 愛の姿もある。
「私」の「かわいい猫」もその中の一つ。
長い詩を私は読めないんですが、この作品は ふしぎと なんとか読めました。
それは、たかぼさんの筆力の確かさの おかげだと思います。
@こしごえ
皆さんから頂いた感想を読んでちょっと考えてみました。この女性はなんて冷たい人なのだろうと思っていましたが、実は被害者なのではないかと。男性は狼のような愛を女性に投げつけている。それに食い潰されないように女性は猫のような愛を夢想して抵抗しているのかもしれないと。
コメントありがとうございました!
ウチの猫もこんな感じ。ウチの妻も大体こんな感じ。ウチの娘は犬みたいにパパがいないと拗ねるタイプ。そしてオレは…もちろん全部愛してます。
@トノモトショウ
それはお手本のような猫さんですね。奥さんにお会いしたのは13年前のことでした。仲良くやっておられるようで何よりです。娘にゾッコンになるのは父親の宿命ですよね!
とにかく苦しいと感じてしまいました……。
なので、下まで読み終わって、更に下から上へとまた読んでみるという試みをしてみました。。
本当に疲れているし、辛いし、苦しいし、そもそも言葉って、そういったことを伝えるための手段でもあるはずでは?
我慢の限界、やそういった男と女の何か?
でも語り手は女性なのだからもっとシンプルな心情の方へと下ったり上がったりするような感覚で読ませていただきました。
例えば、好きな女優さんや、近しい女性が語っていると想像して読むと、また一層上下できそうな気がします。。
@ぺけねこ
真摯に読んで頂けたようで恐縮です。苦しくさせて申し訳ありません。しかし男女の関係が逆の場合も含め、こういう男女の関係はあり得ますよね。
コメントありがとうございました!
はーい、僕の大切な可愛い子猫ちゃん。
なんて洋画の吹き替えみたいなことを言いながら仲睦まじく過ごしていられたらそれはそれで幸せかも知れないなと、ふと思いました。すぐに色んなことが面倒で煩わしくなってしまいがちな自分にとって、教訓というか示唆に富んだ詩作品でした。
@あぶくも
こんなことを言うと身も蓋もないのですが、私はすでにこのような男女間の関係性は遠い昔のことのように思えます。あぶくもさんはまっただ中かもしれませんが? しかし古今東西詩の題材がほとんど恋愛であることは間違いないでしょう。恋愛ってのは最も詩の創作意欲を書きたてるもののようです。現実世界において恋愛を卒業した身であっても例外ではありません。ロミオとジュリエットさんをあげるまでもなく恋愛がうまくいかないからというだけの理由で死んでしまうこともあるぐらいの熱量です。しかし種類は違えど例えば幼い子に向ける親の愛は恋愛の熱量をはるかに上回るものがあります。父親が幼い娘が可愛くて仕方が無く女性に興味をなくすとか、夫を溺愛していた妻が出産と同時にそのベクトルが息子に向かうなどの事例はありふれています。ロミオとジュリエットだって無事に結婚して子供が産まれたらそうなっていたかもしれません。子供がいるジュリエットはロミオが死んだかもしれないと思っても自殺しないでしょう。しかしそういった親の愛は詩や小説になりにくいですよね。あぶくもさんのコメントを読んであらためてそんなことを考えました。ありがとうございました!