暗いところでしか 泣けない
見えるところで 泣いてはいけない
前頭葉のヒステリーを 髪で隠して
深夜の台所に立つ

叫んではいけない
シンクに少しの水を ボトンボトンとこぼして
耐えねばならない

冷蔵庫の奥、腐ってしまった野菜を
捨てることに 迷ってはならない
わずかな電子音や時計の秒針に
ふるえてはいけない

泣いてはならない
怖いと言ってはいけない
これから もっと
くらいところ、くらいところへといくのだから

母になってしまった、女
産んだ児に 角もなく言葉もなく
抱いてくれる腕だけを味方に
胸の音を聞いて眠る、我が子
黒い目に入るすべてに手を伸ばしたがる
やわらかく小さい人を女は守った

泣いても叫んでも
赦してきたはず、赦されていたはず
泣き止まぬ子が泣くことなく 角を生やして去る時も
後頭部の嗚咽を隠して 玄関口で見送れたはず

台所の隅には 忘れ去られたままの鬼
かがんだまま 立ち上がれずに
何十年も「もういいよ」だけ、聞きたくて
シンクの水音を 浴びながら
冷蔵庫の電子音に 目をつむる

投稿者

兵庫県

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