
愛用万年筆
いのちを
思うと
時に
切なくなるので
いのちのことを
ある時は
思わないようにしている
けれど
思うんだ
たとえば
役目といういのちがある
私の愛用万年筆には
書くという役目がある
この万年筆が壊れて
字を書けなくなった時に
この万年筆のいのちが尽きたということになる。
物は直せば生き返るが、
生物は死ねば生き返せない
でもね
思うんだ
一度限りのいのちも
何度もよみがえるいのちも
いのちのいのちを持っていて、どちらも尊い と。
私の愛用万年筆は
筆圧を掛けなくても
しゅるしゅるとなめらかに書ける
なので手首のけんしょう炎をしたことのある
私にとって
この愛用万年筆は
私を優しく助けて心身共に支えてくれる
宝物だ
私の愛用万年筆は今日も
さまざまなことを書いている
私と共に
生きている
コメント
私は全ての書き込みを携帯で読み、携帯で書き込むので、
私の携帯は、私の大切なパートナーです。
@たかづき しの さん ありがとうございます♪
しのさんの大切なパートナーは携帯なんですね。^^
人それぞれで、その物その物も適材適所なんだと思います。
その物との、すてきな日々が これからも続きますようにと願いますよね。うん。^^