さざなみ

初めて
海というものを知った日を
私は忘れてしまった
悲しくて今日は部屋が眩しい

潮の匂い
夏季休暇の日差し
くらげの針
波に足を取られる

その昔海の向こうに行くのは
ひどく骨の折れることで
それを渡ることは
ほぼ神にも等しい行いだったのに

祖父にかかれば
雨の日にとんかつを買いに行く父のようさ
涙が出るほど文明は進んだ
小さな私は思う

ここで良いよ
この海を眺めて死ぬ
あなたが好きだから
皆に帰って来て欲しいと願ったのならそうする

小さな入り江で
私はある筈のない桜貝を探していた
初めて海を見た時も
無邪気に笑ってばかりで

なぜ海がそこにあるのかや
どこからが海なのか
海の向こうに何があるのか
空と海の境は何色か

ぜんぶ頭で知った気になって
そうだったのかと
本物の海を知らない私を
忘れてしまった

海が月を
夜毎抱くこと
海が夜毎
抱く悲しみのこと

海は人を攫う
訳もなく涙が出るように
干上がる日を夢見て
奪うことを絶望しながら

腹の中に隠した
地上の生き物たちのこと
お伽話のように語る
星が生まれた日の朝の光

サンダルで駆け出す
朝だか夜だか分からない道を
夕焼けと朝焼けが同じ色だということに
目が覚める

歩いて10分の海よ
あなたはきっとずっとひとりぼっち
山はいっぱい仲間が居ていいなぁと
羨んでいるんだろう

浮き輪で水平線を眺める
太陽に焼かれる
ソーサーに張った湖のようなものだと
謙遜する口許が目に浮かぶ

私はあなたが攫っていくものが好きだ
奪わないで欲しいが
同じぐらいにあなたのことが好きで
残念ながら全知全能の神じゃない

真冬の海風
北の暖流
海は不思議なところ
いつか私もそこへ還れるのだろうか

小さな指切りの
約束を携えて
果たすべき
責任のために

はじめまして
遠い昔の友人たち
ようこそ
世界へ、と寄せては返す

投稿者

神奈川県

コメント

  1. 海にまつわる詩情豊かな素敵な作品ですね。

  2. @あぶくも
    有難うございます。
    モーゼは海を割ったそうなので、それも入れれば良かったと思っています。

  3. ちょっと書き直しました。失礼。

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