頌歌

戦争のあった夜
ちょっとの悲しみは、

幸せなわたしたちの町にも降った。

あなたからの手紙が
わたしを悲しませ、
もうどうしていいか
分からない、
そんな夜

そっと手を差し伸ばしてくれたのは、
遠い市にいる友達

彼と彼女の言葉が
わたしを後押しし、
わたしはこっそり
わたしの気もちを、
整理して、

わたしたちは、
元のわたしたちになった。

ざあざあと、雨が降る。
せつなさの、雨が降る。

ねえ、戦争の起こったあの国の、
悲劇と、
なにげないわたしたちの悲しみ
どっちが重いのかな、
たがいに顔を背けて眠り、
たがいにおはようを交わさず、
たがいに別々の途へ行く朝

翻訳不可能なテーゼで、
あなたの言葉は、
わたしの言葉に重なる。

口びると口びるとが、
そっとすれ違うように、
それは、
微妙な不協和音を響かせて。

ねえ、
だって?

しほんしゅぎの街を
わたしたちが行く。
働いて、
はたらいて、
なにげなく居座って、
幸福のうえでゆらゆら。

じゆうしゅぎの街を
わたしたちが歩く。
悲しんで、
かなしんで、
とんでもなく傲慢で、
不幸のうえでゆらゆら。

戦争の終わった夜、
ちょっとの悲しみは、

さりげなくわたしたちの町にも降った。

あなたの絵筆は、
アトリエに置かれたまま、
わたしは、
立ち尽くして、
やりどころのない心を抱える、
膝を立てて、
床に崩れ落ちる、

涙……。

ねえそんなおおげさな決意を
ゆるさないわたしたちの生活

わたしはなにげなく生き、
あなたはなにげなく生き、
かんたんな声と声をかわして、
まっさらに心を晴れさせて、
単純にごめんねを言い合う。

いつかもう、
あなたは微笑みしか返さなくなった、

足の折れた鵞鳥。

スーパーセルが空を覆う、花園。

あんなふうに、
恐い 塊……。
でも、
神様ほど怖くはない……。

ねえ、
わたしたちは、
わたしたちの運命をもっている。
それはか細くて、
重い。

真夜中に降る雷雨のように、
時には大きな音で、
わたしたちの心をゆらす、
わたしとあなたの心を試す。
言葉と言葉とは
交じりあうけれど、
重なりあわない、
完全には。

それがわたしたちの悲しみ。
戦争ではない、悲しみ。
それでも、とても大事な 悲しい。
ぽつぽつと、
驟雨のように降りかかる……

ねえ、
戦争のあった夜、
ちょっとの悲しみは、
わたしたちに不釣り合いだろうか?
そんなことまで神様は、
残酷に決めようというのだろうか?
悩んでも、
果てしない、
後悔と迷いばかり、
続くのだろうか?
慰めはなんだろうか?

慰めは……

ねえ、
とんでもない他人たちが、
わたしたちに電話してきました。
わたしたちを告発する声音です。

ねえ、
そんな電話はがちゃんと切っても良いですか?

わたしが後ろを向き、
あなたがうつむき、
あなたとわたしとは、
それぞれの往路を行き、
それぞれの復路を帰ってきて、
ただいまの玄関で握手をするのです。

梅雨のくぐもった夜空の奥から、
祝福ではなく、
さげすみの歌が聞こえる、
でも、
わたしたちは顔をあげて、
生きていても良いのですか?

生きていかなくてはならないのです。
ささいな悲しみを引き受けた者として。

戦争を糾弾するその同じ声で、
わたしたちの生活は切り刻まれるけれど、
やがて手を取り合った
わたしたちは、
まだお互いに顔を背けて眠りながら、
ようやく明日に向かって、
初めての一歩を歩きだすのでしょう。

わたし”たち”は、悲しくても良いですか?
あなた”たち”は、悲しくても良いですか?
ふたりとも、嬉しくても良いですか?
……

戦争の終わった夜、
ちょっとの悲しみは、

さりげなくわたしたちの町にも降ったのでした……

それから、ふたりで眠りに落ちたのです。

投稿者

宮城県

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。