最期の息 ──或る詩人への追悼

ある晩に見た夢の中で
僕は詩人esに
なっていました

92年の生涯の最期の夜で
33937日目のことでした

おじいさんになった詩人は
細い息をゆっくり
繰り返していました

ㅤㅤうぃーぷ
ㅤㅤうぃーぷ
ㅤㅤㅤ
ㅤㅤ weepㅤㅤ
ㅤㅤ weep

オノマトペの
呼吸のひとつが
人生の最期の
ひと呼吸であるように

ㅤㅤうぃーぷ

ㅤㅤ weepㅤㅤ

なぜか細い銀色の水道管が見えて
細い管を大事になでるように

今にも息のとまりそうな、その瞬間
僕は目を覚ましました

ベッドから身を起こして
時計を見ると
深夜の2時50分でした

スマホを手に取り
「weep」という文字を検索すると
「悼む」という意味でした

例文のひとつ が目にとまりました
「私は幸せの涙を流す」
──その時
ダウン症をもつ息子は、楽しげに笑い
隣の妻もぽつんと、寝ごとを言いました

晴れの日も雨の日も続く人生の旅路で
人は歓びの涙を流す
1/30000日を目指して
明日を歩いてゆくのかもしれません

そんな予感を胸に
もう一度
僕は寝床に入りました

投稿者

東京都

コメント

  1. 或る詩人が自身だったり他だったりするようにも読めて水面で揺蕩うようなここちで読みました。
    不思議ー。

  2. どのように死を語るかが詩の究極のありようなのではないかと思わされる詩でした。

  3. 死を題材にした詩は、難しいと思います。この作品は、オノマトペを交え、服部さんらしい切り口ですね。
    人は歓びの涙を流す
    人生の終わりの、あるいは途上の、ささやかな願望かもしれません。

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