ブルーな夜に
青臭い四畳半に鎮座した自我が
真夜中に唐突に不甲斐なき人生を反芻し
この無益なる肉体に如何に価値を付するか
ひとしきり懊悩すれども妥当な回答は得られず
いざ甘き死に身を委ねるべくして
祝祭のごとき首吊りを実践せよと結論づく
取り出したるは一本の麻縄であるが
黴びた天井には引っ掛ける箇所すら見当たらず
静謐な部屋に呆然と立ち尽くす滑稽な魂の姿が
不躾なる月光に照らされるという茶番で
その馬鹿げた衝動は泡沫に帰すものと思われた
諦めきれずに窓の外に手足を投げ出しても
二階から飛び降りたところで肋骨を折る程度で
錆びた剃刀で喉笛をなぞったくらいでは
犬の涎ほどしか血は噴き出ぬであろうと
湿った布団に突っ伏して泣き出す始末
そのうち空は白く濁り始めて
はて何故に眠らずに憂鬱を貪っているのか
全く理由が明らかでないことに気付き
空腹の鴉が鳴き喚くのを虚しく聴き流して
価値ある今日を精一杯生きようと誓うのだ
[TONOMOTOSHO Rebirth Project No.086: Title by 赦彌嘉香紫]
コメント
リアルですね。些細な理由で(本人にとっては重大でも)人は自らの命を絶つことができます。しかし同時に些細な理由で、その思いをとどまらせることもできます。たとえば朝になっただけで。リアルな世界は、劇的な原因がなくても劇的なあるいは壊滅的な結果が起きる世界です。ということを詩にするのは難しいと思うけどそれが書けてしまうのがトノモトショウ。
これすごくいいなぁ。
ブルーな夜が白んでいく。そんな夜をどれだけ過ごしていたことか。
最後の一行で締めてくれて良かった。
今ここで詩を読んでいる自分も、そう誓った結果なのだと思える。
幾億の人々が幾億のこんな夜を超えたのだろう。超えるだろうこの先も。
古風な語りが太宰や尾崎一雄のような趣を持つがそれこそギミックで実際はネットのつぶやきだ。
これは失礼な話かもしれないが、最後は意外だった。
古風な文体が、かえって今風に読めてしまう。…不思議な作品です。状況は、かなり切羽詰まっているのですが、でも微妙な滑稽さがあって、そこについ引き込まれてしまいます。
自分がこの詩を語る人のような考えに至ったことが無いので一生懸命想像しました。
“ 月光に照らされるという茶番で”
が、好き。良い。美しさに手を差し伸べられた心地がします。
(いつもですが)上手いなあ!って感嘆します。
最終連が好きです。他の連によって最終連がとても引き立つ。ブルーな夜に