Blues
一日の仕事が終わって
疲れ切って畳に座り込む
目の前には思いもかけず
死んだ父が立っていた
父は生まれた時から
足が不自由であるのだが
片足を曲げたまま
立っていた目の前に
身長およそ
百六十三センチメートル
俺は聞かれてもいないのに
大衆市場の野菜売り場で
早朝から立ちづめで
重い野菜箱を運搬し
陳列し売れたら補充し
たまにお客から理不尽な
扱いを受けて怒られたりの
生活をもう十年以上続けている
社員にもなれず非正規雇用のまま
これで六十一歳を迎えてしまった
人はまだ若いと言うけれども
手持ちの身体の蓄電池は
枯渇しているなどと
つまらない冗談を交えて
話しかけていた
なんだか惨めなものだと
話しかけていた
父は俺を馬鹿にした様な
顔をして唇を歪めて舌打ちをする
ほら見たことかと
十時間も笑っていた
事実十時間も経過していた
もう父はそこには居なかった
居ないはずだ死んでいるもの
生きている頃の父は
決して舌打ちなどする事はなかった
厳しく口うるさい人間ではあったが
むしろ優しい人間だった
父を悪い人間と
自分に思い込ませて
俺自身の生きる道を
都合良く変化させていく
俺自身の重大なる問題である
昔からのそれは昔からの
悪い癖それは今となっても
治る事も無く居座り続けていた
遠くで川が流れる音が聞こえる
やおら小便に行きたくなり
畳から立ち上がると
目前の仏壇の仏がことりと倒れ
元へと戻して用足しへ
洗面所で顔を洗って
面を上げてみれば
歯磨き粉の飛沫で汚れた
鏡には父と見紛うばかりの
老いた俺が父とそっくりな顔をして
睨み付けている
思いもかけず笑ってしまう
俺はまだ生きている
優しく勁い妻と生きて行く
いつまでもいつまでも
死んだって生きて行くよ
お父さん
見捨てずに
見守っていてくれよ
お願いです

コメント