ひとつあれば
欲しいものを
指折り数えていた日々があった
手に入れれば幸せになれると
信じて疑わなかったころ
けれど
両手いっぱいに抱えた願いは
どれも重くて
足元に転がり落ちていった
落ちた音が静かであるほど
胸のなかだけがやけに騒がしかった
あるとき
夕暮れの道端でふと気づいた
風が頬を撫でた瞬間
心の奥に隙間ができたのだ
ああ
幸せは たくさん の形をしていない
歩ける足があり
帰る家があり
呼べば返事をする人がひとりいれば
それだけで
人生はすでに充分だったのかもしれない
望みすぎると
空は狭くなる
手にひとつだけ残した願いは
不思議と遠くまで光った
だから今日
欲張りだった昨日の自分にそっと言う
ひとつあれば
人はじゅうぶん生きていける、と
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