ゆういち

百合は、多くの人が一般的に思う程度には充分に自分が嫌いだった。
外見上の、どうしても男に見える骨格とか、
低い声とか、真っ黒にならない中途半端な栗色の髪とか、そういうものが全部嫌いだった。

性格も嫌だった。
優しそうな女の子とは、傷付ける前に自分から距離を置いた。
分かっていたのだ。付き合わなくても。自分がいるだけで相手を脅かすぐらい”怖い”事も。

百合はお気に入りのポシェットを持って散歩に出掛けた。
後30分もすれば仕事が始まるのだが、それまでの間に、少ししたい事があったのだ。
どこの家の人も百合には冷たい。
どれぐらい冷たいかというと、見ただけで顔をしかめるくらい。

次のバス停まで、歩いていけないこともなかったのだが、
百合はバスに乗った。
したい事はいつものようにそこにちゃんといた。
百合に良く似たシルエットの、
でもなんとなく比べると百合が小さく見えるくらいのがっしりした男の人だ。

百合はいつもその人の声を聞いていた。
百合の耳はだいぶ遠いので、誰の話も嵐の夜に建て付けの悪いあばら屋でひそひそ囁いているみたいに分かりづらいのだけれど、
その人の声がするのはすぐ分かった。
誰と話しているかよく分からない。
ただ、聞こえると嬉しくなるのでその人だと思うのだ。

百合はバスが信号待ちしている時を見計らって、
車内を移動した。
時間の猶予はない。行動は迅速に。
ポシェットから小汚ない一輪の赤い花(百合はそれをヒメヒオウギと呼ぶことくらい図鑑で知っていたが、)を取り出して、
その人に差し向ける。

「ゆういち」と言って、百合は満足げにしている。
ゆういちは座席に着いたまま、ぽかんとしている。
まあでも、百合がいつも彼にそうやって良く分からない花やら葉っぱやらを取り出して見せたり、
彼の見ている前で野鳥と話をしだしたりすることは広く知られていたので、
ゆういちさんもすぐに納得した。

「俺?」
そうだ、それは彼の名前だ。百合は誰にともなく頷いて、ヒメヒオウギを持ったまま次の停車場でバスから降りていった。

投稿者

神奈川県

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