ある弁士の演説

生きたい人も
消えたい人も
いつか死ぬことは
決まっているのであります

我々全員例外なしの
宿命なのであります

吾輩や貴方が消えた後も
時間は流れ続けるのです
貴方が誕生する以前が
そうであったように

我々はこの世の時間軸に降り注ぐ
雨粒の如きモノ、とも言えましょう

(ざわざわ。不穏なるざわめき)

いやいや
吾輩は人間を
愚弄しているわけではありませぬ!
この先を聞いて頂きたい!

(会場に響く謹聴の声)

つまりは……

(弁士、机上の水を一杯あおる)

雨粒の如きモノでありまして
その粒の中には
あらゆる複雑な
尊いとも言える
情緒を宿している
故に葉に宿る雫は
自らの重みに耐え行かなくなり
落下するまで
我々の目に美しく映える

(さっと挙手した学生の質問)

「しかし、我々は憎しみやら恨みやら、おぞましき感情を抱くこともありましょう。それは美しいとは言えないのではないでしょうか」

(そうだ、そうだのヤジ)
(落ち着いて、と言うように弁士は両手の平を聴衆へと向ける)

彼の意見はもっともであります。が、
おぞましき感情とて
命あるから抱くもの
死人に悩みがありましょうか
生きている者ゆえの憎悪、葛藤

枝先にしがみつく枯れ葉
虫に食われた葉
病気に蝕まれた葉
雨粒である我らは
それらを非難し厭うでしょうか
むしろ何とも思わない
そんな葉があることは
先刻承知でありまして
今さら枯れ葉や虫食いに
いちいち驚きは致しませぬ

人間とて
美しくない感情などは
古今多くの物語に登場しては
人間らしさを高める要素に昇華され
人間を深めて参りました

その作業への最たる貢献が
文学でありましょうが
文学などと大それたモノではなくとも
いわば感性のゆらぎが
人間らしさの発達を促進する動輪

雨粒がそよ風に震動している
そのようなことであります

大きなゆらぎ
微弱なゆらぎ
いずれにせよこの震動こそが
貴方の人間らしさの発露
震動する雨粒は光を乱反射し
煌めくのであります
さながら星屑の如しに

見上げた星天を
誰が美しくないと申すでしょうか
いわんや
太陽の光を受ける露玉を

最後に一言
吾輩の希望を

願わくば
全ての雨粒が
長く、長く、
葉の上にとどまり
唯一なる自らの光を放ち続けんことを

(一礼した弁士は壇上を去り際、何もない床で蹴躓いた)
(ぱち、ぱち……。途切れがちなおざなりの拍手)

投稿者

大阪府

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