
仕事
僕は職業を明らかにせねばならない場合
魔法使いの方が僕を真実表しているのだが
世間一般に仕事として認識されづらいために
魔術師と名乗ることにしている
その呼称ならば
自らの仕事を摩訶不思議な煙に巻こうとしている
手品師と思われなくもないだろう
黄金色に色づいたイチョウの葉を
並木より十枚ほど失敬し
金に変えた
イチョウから金への変化の魔法は
向こう十年は有効であるはず
僕の金は社会に流通し
微々たる影響力であろうとも
顕微鏡で覗けば
確かに経済に関与するところとなるであろう
だから僕の仕事は
詐欺師ではなく魔術師で問題ない
紅葉の季節に
向こう一年間の生活費を稼いだら
後の季節は魔法の研鑽を兼ねての
綿密な仕事に勤しんでいる
僕は不穏な運命を探り当て
運命の主が暗雲に飲まれぬよう
魔法を駆使するのだ
それは乱れがちの歌声を
何とか立て直そうとしている
伴奏者のようなものだ
魔法使いは概して
長い指に筋張った手を持つが
本質的に音楽家と
似通っているためだろう
僕は昨日
極局所的な雨を降らせ
萎れる運命であったヒマワリの
頭を上げることに成功した
大魔法使いではないため
濁流のような厄災を追いやる魔力はもたないが
小刻みな振動程度の禍は
僕とて干渉できるのだ
僕の能力上
住まいより半径二キロメートル弱の運命に
関与可能であるが
宇宙規模からすれば
芥子粒にも満たぬこの領域にさえ
星屑の如くに
運命がたゆたっている
全ての運命が幸福へと向かうよう
僕は今日もひっそりと仕事をしている
それなのに
僕が運命に干渉し
一ダースの卵を割らずに済んだあの娘は
僕が歩道橋で躓いて
転がしたリンゴを
エナメルの靴の先で蹴って鼻で笑った
僕が運命に干渉し
給料袋を掏摸に盗られなかった男は
雑踏ですれ違いざま
肩がぶつかった僕に向かい
忌々し気な舌打ちをした
それとは別に
僕が未だ運命に干渉していない
いつも忙しい配達員の彼は
僕の転がるリンゴを追っ掛けて
人懐こい笑顔をとともに
手を伸べてくれた
僕が随分前に運命に干渉した
シベリアの冬を逃れて来た水鳥は
ベンチで休む僕の
未だ衝撃が消えぬ肩に
そっと舞い降りてくれた
このような者が
辻褄の歯車となって世界を回し
僕を誠実に仕事に打ち込ませる
このような歯車の存在を
エナメルの靴も給料袋も
知らない
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