オリンピック
いつもの時間に
いつもの場所で
散歩中の豆腐屋の雑種犬に
ここ一週間程
出会っていない
心配になって
豆腐屋に赴くと
雑種犬トミーは
店の奥で
テレビの正面に陣取り
オリンピックを観戦していた
あまりの熱心さに感心していると
「夢中なんでさあ」
と、豆腐屋の店主
ふいにトミーがテレビを離れ
敷居の溝に碁石を滑らせ始めた
「カーリングの真似事でさあ」
と、店主の解説
僕はいじらしくなって
トミーと公園に出掛け
ボール遊びでもしようかと
申し出たが
ニュースが終わったら
即座に観戦に戻るから
それには及ばないと
店主に止められ
事実、三分後には
碁石を放り出して
トミーはテレビに
かじりついていた
帰り道に
トミーのことを思い出すと
僕は泣きそうな気分で
実際、目に涙が浮かんだため
次に豆腐屋に行った時
ボール紙と折り紙で作った金メダルを
トミーの首に掛けてやった
トミーは非常に喜んで
千切れんばかりにしっぽを振ると
ボール紙のメダルを首にしたまま
そそくさとテレビの前に戻って行った
オリンピックが終わったら
この犬は何を生きがいにするのか
ひどく心配になったが
豆腐屋の店主はあっさり言った
「じきに春本番でさあ
桜が咲いたら
風に舞う花びらを
夢中になって
追いかけるんでしょう」
その光景を頭に描き
夢見るような幸福を感じたが
ためらいなく
精一杯に
この世を楽しむ姿は
西日を正面から眺めるように
ひどく眩くて
僕は目を伏せてから
微笑した
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