食パン

 切れの悪い包丁を磨ぎながら
 失われつつある目覚めの幻影も
 ドリップコーヒーのブラックで癒される

 何も考えない手先だけが
 まな板のオレンジをくし切りにする
 一緒に暮らしている人もいない
 ぽそっと食べる朝食
 食パンは半斤売りの六枚切り

 オーブントースターへ入れる
 それは宛名書きの無い白封筒のようで
 同封されている昨晩の夢の片鱗
 どうなる人でもなかった
 どうしようという訳でもなかった
 かつての想い人
 秘かにゆれ動く曇った春の下で
 あおいだ空に小さく見えた
 私の姿がなつかしい

 狐色の焼きめに溶けるマーガリン
 冷蔵庫の扉を開けたまま
 四種類あるジャムで気分が迷う
 香ばしい耳は千切って
 熱いコーンスープに浮かべる
 
 出掛けぎわにバッグへ忍ばす老眼鏡 
 エスプリが効いたダークパープルの
 フレームを選んでしまって
 まだ人前でかけるのは恥ずかしい

 そんな本性(たち)だけど
 過ごしている時間にどれも嘘はない
 帰宅時に、あしたの食パンを買ってこよう

 
 

投稿者

滋賀県

コメント

  1. 独りの寂しさ、でもそれを受け入れ生きていこうとする、気高さ。それらが微妙に絡み合っていますね。五連目の、老眼鏡の場面と、最終連目、好きです。

  2. @長谷川 忍

      読んでいただきまして、ご感想のコメントもくださりどうもありがとうございます!
      五連目と最終連を気に入ってもらえて嬉しいです。^^
      ネットで、東海林さだお氏の『タコの丸かじり』に収録されてます食パンの表現・
      描写に関する一節を読んで参考にしました。

コメントするためには、 ログイン してください。