息子を誘拐したと人さらいは言った

45才のおれには8才の息子がいた
息子が幼稚園に通っていた頃、運動会の保護者競技でおれは若い父親たちの後塵を拝し、ゴールで最後まで待っていた息子に苦笑してみせるしかなかった
その息子を誘拐したと人さらいは言った
小学校からの下校中、歩道のない住宅街の路上で速度を落としつつも停めることなく、バンの後部座席に一人で歩いていた息子を引きずり込んでドアを閉めた
静かにしろ、とは言わない。ただ、顔を2度殴った。
それでも口を開けようとしたから拳を振り上げた。すると口を閉じた、
あなたの息子はすぐに学習した
ランドセルを開けて見つけた子供ケータイからいま、電話しています。
人さらいは言った
悔しいですか? 
あなたはもう息子に会えない
さよなら
GPSの反応はオフになった
だが、その前におれは次元の”夜”を通過していた
消える直前に見た地図上の位置に降り立つ
すぐさまバンの車体がおれに正面から衝突した
おれは新種の存在で新たな機能を発現しており、人さらいたちのクルマは路上に金属片をばら撒いて止まった

カクレロ、ミツカルナ

おれは40を越えて新種としての機能を発現させていた
本能がおれに最初に命じたのは新たに備えた機能を隠すことだった
最初の哺乳類もそうだったろう
気温の下がる夜間でも俊敏に動き回れる体温の恒常性と暗視に優れた視覚を備えた彼らは恐竜たちにとって不可視のファントムだったろう
朝になると恐竜の親たちは一匹ずつ消えていく仔たちを不思議に思っただろう
おれもそういった新種だった
不可視の次元を通過し、F=maを無力化する位置の恒常性を保つ
だが、その機能を使うには脳のシナプスに蓄えられたエネルギーを解放しなければならない
記憶を保持するために数百兆のシナプスに分子を固定するエネルギーは莫大だ
おれはそれを一瞬に解放し、記憶を燃焼させることで新種としての機能を行使した

バンの運転席はおれのヒト型にめり込んで、運転手は膨らんだエアバッグの背後で呻いている
運転席の窓側に回り込んだおれは窓ガラスを突き破って腕を伸ばし、運転手の襟首を掴んで窓枠から身体を途中まで引き出す
運転手を窓枠に嵌めて拘束したとき、後部ドアが開いて男たちが飛び出してくる
二人いたがどちらも一目散に逃げた。どうせ闇バイトの類だろう
最後に子供が一人、降りてきた
見たことのある顔だと思ったが、思い出せなかった
人間の新たなエネルギー源として記憶を燃やしたからだ
それも膨大な記憶だった。おれは全力を尽くした
何のためだったかはもはや思い出せない
子供は言った
機能を行使したんだね、パパ
そうだ、だが、おれがパパだったのかどうかは憶えていない
大丈夫、これからはぼくがパパを守るよ

隠れろ、見つかるな

生まれついての新種である息子はおれにも隠れてうまくやってきたらしい
そうか、じゃあ、よろしく頼むな
理由は思い出せなくてもおれはどうやら誇らしいようだった

投稿者

北海道

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