ナマコの炊事場

ナマコの炊事場があった
といってもナマコ自らが
何かを調理するわけではなく
蛇口から出る水のしたで
ごろごろと転がって
体について虫やゴミを
洗い流すだけだった
そして一通り終わると
ナマコはまた水槽へと帰る
時々網のようなもので
仲間のナマコがすくわれていく
そして二度と
帰って来ることはなかった
ナマコは空っぽだから
その意味を知らないし
そもそも隣にいるナマコが
同じ仲間であることも知らない
ただいつも定刻になると
ナマコの炊事場に行って
流水にゴロゴロとする
その繰り返し
自分は何のために生きているのか
一瞬大切なことが過った気がしたが
すぐに忘れてしまうし
気がしたこと自体も忘れてしまう
ナマコは人のイメージの中でしか
生きることができないから
空っぽのまま
水槽の青空の下でいつまでも
ぽっかりとしている

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コメント

  1. ウニでもアワビでもなく海鼠。カナカナなのでマナコという女性がいつの間にか登場しているような錯覚を覚えました。

  2. 第一印象は「認知症」です。この詩のナマコの様子は私にアルツハイマー型などの記憶障害をともなう認知症を連想させました。生きる意味とは何かを問いかけられている気がしました。

  3. 言葉はつまりからっぽであり、それでもたまには、洗う必要があり、それは自主的に言葉自身が望んでいるものであり、つまりはわたしたちは、言葉のそうした洗濯のために、詩を書くのかも知れない。カラッポであるわたしたちの鮮水のために。

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