あるおもいで ~詩人岡部淳太郎さんへ捧げる~ ※(音楽付き)
この運命が前世(ぜんせ)と
同じ物事のくりかえしであるとしたら、
忘れていることなどは なにもないのだった。
なんどもくりかえされる宿命
この魂という命が、
その時その時の
体や物を借りて
生きているのだった。
いいも
悪いも
これも
運命
天の自由だ
と
なんども歌うは
輪廻
今のこの おもいも
生まれかわってくりかえされる
ああ この魂は自由だ
けれど
この体には終りがある
終りは希望だ
私にとっては
終りは希望だ
だからこそ
現在を
生きる
生きる
未来の今
今は
おもいでになる
※ AIのSunoさんが 曲を付けて 歌ってくれました。
→ https://suno.com/s/Imzt9B9zonE2TgNH 詩 こしごえ 音楽 Suno
(スノさんで、音楽を付けるのは、一先ず、これで おしまいにします。)
コメント
輪廻というものがあるのかどうかは、わかりません。でも、終わりは希望だ、という考え方には共感があります。命の不思議さを時々想います。
@長谷川 忍 さん ありがとうございます♪
はい。
そう、そうです、輪廻というものがあるかどうかは、誰にも、わかりません。
「輪廻」とは、広辞苑(第七版)によれば、
「①衆生が三界六道の中で死と再生を繰り返し続けることを、車輪の回転にたとえた語。迷いの世界を生きかわり死にかわること。流転。輪転。
②同じことを繰り返すこと。どうどうめぐり。」等ということだそうです。
同じく、 運命や宿命といったことも、あるかどうかは、本当の所は、わかりません。
(でも、「運命」が、天によって決められたことというのならば、次元(立場)を変えて角度を変えて見れば、運命とは、「自然」ということが言えるかもしれません。「自然」とは、広辞苑によれば、ある意味、「因果的必然の世界」であるからです。)
ただ、ここ、この詩では、こう言っています。
なんども歌うは
輪廻
と。
これと同じこととは言いませんが、
歴史上で、時代別に、同じようなことが繰り返し言われたり、起きたりしているのは、事実か(か)と思います。(歴史にも、、、詳しくないので、私の推測の域を出ませんが。)
あと、ずっと以前に、私の詩か五行歌などで、言ったかと思うのですが。
「今があるのは 過去のおかげ 今があれば 未来もあるだろう 故に今を生きる」というようなことが言えるかと思います。
はい。そうです。
終りがあるのは、「私にとっては、」希望です。
終りにも、いろんな 終り があると思います。一つの終り、一日の終り、一週間の終り、一年の終り、・・・・・・、そして、死という終り、など。
この中でも、死は、ほっといても 絶対に訪れる終りです。もし、たとえば、永遠の命を自分「だけ」が持っていたら、どうでしょうか?それは、(私にとっては)絶望です。みんながみんな、永遠の命を持っていたら、楽しい(かも)かもしれませんけど。
南直哉(みなみ じきさい)さんという禅僧は、脳科学者の茂木健一郎さんとの対談本『人は死ぬから生きられる』(新潮新書)の143ページ目で言っている。「人は死ぬから生きられる」と。
その通りだと思います。・・・・・・、うん。
ほんとそう。
命も、ふしぎですね。
私の場合は、生きていることが、苦しい。
苦しいけれど、時々は、楽しいことや嬉しいこともある。だから(?)、生きて行ける。
でも、自分の夢がたくさん叶った私は、もう、特に思い残すことも無いし、いつ死んでもいいとさえ思っています。
ただ、今は、正直なところ、惰性で生きている。まあ、これは、自分の命に、失礼な話なんですがね。でも、自殺は、(自分でも わからない位、複雑な思いや感じなどで。)したくはない。死んだら、(少なくとも)こしごえの肉体としては、それっきりで おしまいだ、と思うと、自殺は、できない。一言で言うと、自殺は、「なんだか」もったいない感じも(も)するからです。
そして、命は、とっても ありがたいものですね。
それに、死は、どうしようもなく、いずれどの道、絶対に訪れることだ。だから、どの道、死ぬのであれば、病気や事故や、老衰で、堂々と死にたい。むしろ、死のその時を、今から、心待ちにしています、私はね。
死は、私にとっては、、、悪いことじゃ無いし、恐いことでも無い。
ただし、、、他人(ひと)の死は、悲しい場合もあるし、さびしい場合、なども、あることは確かです。
でも、この命、私の命が、両親や、ご先祖から、せっかく、授かってあるのだから、この命を持って、生きられるだけ、生きたい、というのは、少し、、、思うところであります。
一言に要約して言ってしまえば、「命は、色々な意味で、おもしろいです。」。
ふふ。^^
長くなりました。ここまで 読んでくれて、ありがとうございます。拝礼
長谷川さん、いろんな意味で、難しい内容の詩なのに、コメントなどをしてくれて、とっても ありがたく嬉しいです。
長谷川さん、ありがとうさま♪☆^^