あじさいの、咲く丘に
あじさいの、咲く丘に、いっぽ踏み込んでいく
そこは見たことのない野原で、
丈の低い木が全面にはえており、
わたしは視界をさえぎられて、
光のほうに手を伸ばす
そこは見たことのない空で、
神の宿りにも似た静謐さが、
一瞬一瞬を支配している……だから、
立ち止まるわたしの足元に、
小さな菫の花を、置いておいてほしいのだ。
それはかつて生きた人たちとの約束……そうではないのか?
今、歌を歌い、野に混じる。
その営みは、ありふれた、ありきたりのもので、
とうといものからは遠く距離を保っている……のだが、
わたしはそのかすかな光しか信じることができず、
思わずうずくまる。
あじさいの咲く丘には、誰もかつて見なかったような、
とても高くて崇高な感情が漂っているのだ……から、
わたしは思わず地面に横たわり、菫の花、とともに……
なつかしい歌をただ歌うのだ。
鼻歌のように歌うのだ。
ただただ自分を責めながら。
コメント
わたしは思わず地面に横たわり、菫の花、とともに……
なつかしい歌をただ歌うのだ。
鼻歌のように歌うのだ。
ただただ自分を責めながら。
この詩の、最初から ずっとずっと来て、最後の方に、ひかれました。
自分を責める、という行為は、自分の悪(もしくは、悪の一種)を自覚していないと出来ない行為だと思います。
なつかしい歌を歌う、というのも いいし、それを、鼻歌のように歌う、という空気感も すてき。
この詩の奥底に流れる、詩のいのちに、私は、ひかれるんだと思います。
@こしごえ
様。そうですねえ……noteでも好評のようでしたが……
この詩は全体的にメタファーでできた詩だと思います。
意味と意志がまじりあっている、という感じかな。
コメントありがとうございます。