
扉
「この鍵では開きませぬ」
山高帽の番人が告げた
やられた!
灰色猿に騙された!
花園は扉の向こうに
広がっているというのに
錆の浮かぶ鍵を握り締め
立ち去りかねる僕の肩で
灰色猿が囁いた
「俺が並べた鍵の中で
あんたはわざと違う鍵を選んだんだ」
「なんのために僕がそんなことを!」
「わかっているくせに!」
肩から払い落とす前に
灰色猿は逃げ去った
もしも正しき鍵が
僕の足元に投げられたとして
震える我が手は
鍵を拾い上げることは
できないだろう
ふとそんな確信を抱いていると
逃げたはずの灰色猿が足を止め
向こうで僕を嘲笑っている
失せろ!
声にならぬ叫びで
灰色猿の姿は完全に消えた
僕は苛立ちを押さえ
扉を開ける方法を模索する
(「このわざとらしさ!」
遠くから灰色猿の声が聞こえた)
山高帽の番人は僕のことを横目に
茜雲を鑑賞している振り
僕は扉の前にいつまで
立ち続けているつもりなのか
背後から夕闇が迫っている
コメント
面白いなあ。登場人物、主人公の行動原理、すべてが謎で、いろいろと解釈はできるのだけれど。とても不思議な寓話。
@たけだたもつ
様
嬉しいコメント、ありがとうございます。
正しいと分かっていることも、不思議と、しないことがあります。
詩の「僕」はさらに狡猾に、する振りをして、自分をも誤魔化しているようです…。
ちっぽけな事柄ですが、私はここ数年、運動しなけりゃと思い続け、自分にとって良い事とも分かっていて、必要も感じているのに、未だ実行していません…。不思議ですよね…。
良心(正しさ)に背きたいけど、そこまでの勇気というか踏み込むことは
たとえ大したことではないとしても違う人になってしまうようで怖かったりします。
あえて違う道への鍵を持ってしまえば、もう戻れないんじゃないか
開けるまでもなく持ってしまうことだけでも
「どうしよう」と思うことがあるある。
まちがった道じゃなかったらいいなと思いました。
@kフウ
様
コメントありがとうございます。
恐れる、というのはブレーキになる大切は感情ですよね。
k フウ様のコメントから、詩の「僕」はどうするつもりなのか、私も気になってきました。
僕の識閾下の感情が灰色猿とすると、意識にかなり働きかけており、誤魔化しも効かなくなりつつある様子です。
きっと、僕は己の良心に屈服し、覚悟を出して、扉に正しい鍵を差し込むのではないかな、と考えました。
kフウ様のおかげで、詩の僕は明るい方へと道筋ができました。感謝です!