古希
古希
由来は杜甫の
人生七十古来稀なり
だという
喜ぶ人じゃない
いや
喜ばない人ではなく
笑顔を人に見せない人
つれづれと、杜甫から李白
川面をあおぐ
7月7日が楽しみですね
みなもの音
底
こうりたがいえのちぞ
さらそうじゅのはなのいろ
ひびき
古希から杜甫へ。
杜甫から李白へ。
李白から蒿里へ。
蒿里から平家物語へ。
音に呼ばれて歩く
自然てなんだろうねって
林や森や海岸
植林
作られた棚田
わさび田
それでも自然
あめがふらねばかわはかれる
かぜと
かわずの音
古希の父
言葉はときどき戻ってくる。
さつきはれ
コメント
深い重たい作品。
人は自分たちがやってきたこと生きている証として
人によっては自虐的に人工的と概念不透明のままで
自然に対して使う言葉も人の共通理解がある前提で
使っている人もいるわけで、地球に優しくなくても
それも含めて摂理、理ならば、現代社会が無くても
地球は半分になって消滅まで想像できないほどの
時間、経緯があるのだからと続けて、人間って何?と
生きるって何?と、父親と対面しながら自問自答して
これからも生きていくのでしょう。詩は不思議です
@足立らどみ
様
ホセ ムヒカの演説、たまに思い出しては見ています。
多分、これはただの衝動です。
並べるだけでも枚挙にいとまがないのかなあと思いました。
父と対面して自問自答している間
ひかりの速さで
僕もはじめて
父の日だからって
小さなポーチをもらいました。