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暮れて 暮れて
何度も 暮れて
暗闇を泳いで
何度も今日に辿り着く
暮らして 暮らして
今日も 暮らして
光を搔い潜って
今日も呆気なく暮れていく
しょっぱい生き様を
重ねるばかりの
着飾った言葉を
垂れ流すばかりの
そんなわたしと
暮れて 暮れて
一緒に 暮れて
当り前のように
暮らして 暮らして
一緒に 暮らしてくれる
あなたがいる

暮れて 暮れて
何度も 暮れて
暗闇を泳いで
何度も今日に辿り着く
暮らして 暮らして
今日も 暮らして
光を搔い潜って
今日も呆気なく暮れていく
しょっぱい生き様を
重ねるばかりの
着飾った言葉を
垂れ流すばかりの
そんなわたしと
暮れて 暮れて
一緒に 暮れて
当り前のように
暮らして 暮らして
一緒に 暮らしてくれる
あなたがいる
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コメント
何度、時や影が暮れていっても
見送ることをさみしいと感じるか、暮らせたことを幸せと思えるか
どちらも感じられるのは
「あなた」
がいるからかもしれないですね。
最近、暮れ方のきれいな日が多くて、見入ってしまいます。スマホで写真を撮ったりして。
そういうあなたが近くにいると、いいですね。…たとえば、想像であったとしても。
当り前のように
暮らして 暮らして
一緒に 暮らしてくれる
あなたがいる
ーーーーー
当り前の ように、暮らして 暮らして
一緒に 暮らして くれる
あなたが 存在している
この何気無い 詩行の中に、とてつもなく貴重な 思いが、宿っていると思います。
なぜならば、
ほんとうは、いっしょ(一緒・一所)に、暮らして「くれる」 「あなた」の存在は、当り前なんかじゃ無いから。
それを、逆に、「当り前のように」と言って、この詩は、その貴重さを 深く強調していると、読みました。
この詩は、とても すてきな、思いの宿った詩ですね。
@kフウ さん
>コメントありがとうございます
若い頃許せなかったものを
ひとつずつ許していくことで
「あなた」とこんなにも長く
暮らせるようになったのかもしれません。
@長谷川 忍 さん
>コメントありがとうございます
本当に綺麗な夕日をよく見かけますよね。
時々ビルの背後から現れる夕映えに足を止めてしまいます。
「あなた」と夕暮れを歩くことは残念ながら滅多にありません(笑)
想像は街歩きの楽しみのひとつですよね。
@こしごえ さん
>コメントありがとうございます
丁寧に読み解いていただいて、ありがとうございます。
まさに、そのあたりを書き過ぎないようにしました。
行間を感じ取っていただいて、嬉しかったです。
最初は「暮れる」と「暮らし」の語源をさぐりながら書き始めたのですが
気がついたらいつもの流れになっていました(笑)