雨

雨夜来未止
君詠詩幾篇
燕子軒陰休
馳思雨後天

雨夜来より未だ止まず
君は詠ず幾篇の詩を
燕子は軒陰に休み
雨後の天に思いを馳す

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詩には様々な表現方法があり、詩の定義はあいまいです。
作者が詩心をもって詠じていれば、それが詩なのかもしれません。

一方、漢詩は形式上の要件を備えれば紛れもなく詩となる、と指南書には書かれています。
また、漢詩は特別な文学的資質を備えた、いわゆる詩人だけのものではなく、誰もが詩人であり得るような文学形式である、とあります。

中国でもっとも古い詩の定義は「詩は志の之(ゆ)くところなり」。

詩は人ごとに思うところ、感ずるところを、言葉に表したもので、一定の約束に従って言葉が並べられていれば漢詩になる、とも。

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漢詩とは漢学の一科で、奈良時代から千年以上、日本人は漢詩に親しんできました (明治時代が日本の漢詩における最盛期であったと言われています)。
しかし、漢学が識字の当然の教養でなくなったことで、漢詩に対する親しみも、時代とともに衰退しています。

今や馴染みが薄くなりつつある漢詩ですが、先に述べたように、一定の約束に従って言葉が並べられていれば詩になる、興味深いものです。

一方で、” 一定の約束 ” が問題でもあり、厄介なのが「平仄 (ひょうそく)」です。
平仄とは、中国語の発音のいわゆる抑揚のことで、平らな声調が平声、それ以外が仄声です。

平字と仄字をバランス良く配置せねば、音調が整わないため、近体 (きんたい) 詩では平字、仄字の並びに規則 (正格と偏格) があり、上の詩は偏格の体裁です。

また、押韻の約束もあります。
上の詩の形式、五言絶句では二句と四句の末尾で韻を踏むのが約束です。上の詩では「先」の響きで韻を踏んでいます。
(上の詩のニ句末尾「篇」と四句末尾「天」を漢和辞典で引くと、ともに「(平) 先」となっています)

漢詩を作る際は、漢和辞典にて、一字一字、その字が平か仄かを調べることから始まります。

上の詩では、三句の四字目を「下」にし、ツバメが軒下に休んでいる、としたかったのですが、五言絶句の偏格では、三句四字目は平に属す漢字を配置する約束のため、仄である「下」を置くことはできません。そのため平である「陰」に変更しました。

漢詩特有の約束事のため、情景を他の字で表す必要が生じたのですが、これが面白い。思い付いた一字一字を辞典で繰る、この面倒が楽しい。と、私は思います。

また、日本人が異国の文学形式である漢詩を作ることができるのは、漢字を日常的に使いこなしている点だけでなく、漢詩が成り立つための約束事が極めて明確であることも、大きな理由であるそうです。

私は漢詩の専門知識を有していないため、極初歩的な規則しか理解しておらず、一歩進んだ先の約束事を破っているかもしれません (日本人が漢詩を作る際の欠点として「和臭」という言葉まであるそうです) が 、そこは素人技として、どうかご容赦を。

投稿者

大阪府

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