夏の予感がする時に

空一面に
雲がうすくかかっていて
お日さまが ぼんやりと
にじんでいるのだった。そして
遠くの山脈の上に
夏を予感させる
雲がもこもことして
くっきりと連なっているのである。
すぐ近くの桜の青葉は
すでにかたまっていて
青々としたあつい葉になった。
私は今日も
別のつまらないことに
こころとらわれているが、
この風光と共に在る

だけは、
こころがしんみりとして
うるおっているのだった。
ああ、私は今ここで生きている
何はともあれ、ありがたい

私はもう
充分だ

欲深く
思う
空一面に
雲がうすくかかっていて
お日さまが ぼんやりと
にじんでいるのだった。そして
つまらないのは私自身だったのだ
私自身にとらわれた 私に、
さようなら、とささやく
夏はもうすぐ

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コメント

  1. 心が潤う時間、大事にしたいです。
    どうせまたさようならを繰り返す情けない自分を感じながら、読ませて頂きました。

  2. @風太郎 さん ありがとうございます♪
    そうですねぇ。^^
    ここのところ、私は、心がボソボソと乾燥しがちなんですよね。でも、空カフェ(自販機でジュースを買って、(すぐワキのベンチに座り、)外でジュースを飲むこと)をしている時だけは、すこし心が和んだりすると思うんです。そこで、心の整理などをしたりしてね。

    自分に とらわれてばかリの私です。
    だから、つまらない自分に、とらわれないで、すてきな自分になれると、すてきなんですけどね。
    今は亡き次兄が生前、私が幼少の頃、私に教えてくれました。「つまらねえ、つまらねえって言ってねーで。おもしろい物事を、自分で探すか、自分で作ればいいんだよ。」と。この次兄の言葉は、極時々、思い出す言葉です。ふふ。^^

    風太郎さん、色々に感じたりして、この詩を、読んでくれて、
    嬉しく ありがたいです♪☆^^

  3. 私はもう充分だ、と思うこともまた欲深さなのだろうと思いました。…そして思考ができなくなるその時までやはりつまらないことに囚われている気がします…その後ワタシの場合はボケ老人になり、施設で深夜にちんこちんこと連呼したりするのでしょう…。こしごえさんの詩は晩年の味わいがあります。しみじみ

  4. @花巻まりか さん ありがとうございます♪
    はい、その通りだと思います。充分だ、と言っている時点で、欲が深い、のかもしれません。
    まあ、他人のことも、私には、分かりません。私の場合、自分でも、自分のことを分かっていない 部分があります。
    でも、まあ、私という奴は、色々と欲深い強欲な奴なんです。でもね、そうでなければ、生きては居られないのが、正直なところです。良く言えば、欲に私は生かされている。

    つまらないことに とらわれるのは、もう どうしようもないことかも。そのなかの、いろんなことから、感じたり思ったりしたことを、詩の糧にして、私の詩は出来て来る。現実逃避かも、しれませんけどね。
    あんまり、難しいことは、分かりません。でもね、何事も詩の糧に出来れば、何事も無駄ではない、と思うんです。これで、いいかな、と。うん。
    私は、詩に生かされているし、詩人の皆様と読者の皆様に、生かされている。少なくとも、私の魂(こころ)はね。
    うん。^^

    女の子が、ちんこちんこって、言うの、かわいい。ふふ。でも、他では、そういうことは、言わないほうが、いいかもね。
    私は、性についても、あんまり、こだわりが無いから、いいだろうけど、ね。ふふ。^^

    私も、ボケると思う。まあ、今であっても、色々と忘れっぽいのですけどね。^^;

    ああ、花巻さんが、私の詩に、晩年の味わいがあると言ってくれて、嬉しい。「しみじみ」頂きました。
    花巻さん、この詩から、色々と感じたりしてくれて、ありがとうさま♪☆^^

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