※五行歌 六首「命の過程」
これが
人間だ
悪も善も持っている
私は
命の過程だ
*
宇宙にとっては
悪も
善も無い
ここにあるのは
命
*
私の全ては
いずれどの道
失われることは決まっている
それを認めるかどうか
私は認める
*
苦しい時は
苦しもう
生と死を思えば
絶望は出来ない
私の命
*
千年前の人も
すいっちょのお歌を
聞いていただろう
繰り返される
繰り返されない夏
*
私を
見つけた
私と
いつも
いっしょ
*
※ 五行歌とは、基本的に、五行で書く 短詩のことです。
コメント
前作と、頂いた返信と、この詩を連続して読んで、プラネタリウムの遠い空から帰ってきた気分です。
宇宙の運命の中に、瞬間瞬間、光っては消えて行く私たち。壮大な現実。
以前、駅で見た高野山のポスターに「生かせ、いのち」と書いてあり、信仰心のない私でも、良い言葉と思ったのを、にわかに思い出しました。この言葉もまた、具体的な行動のみならず、自分の生命をどう捉えるのかという事なのでしょうね。
すいっちょのお歌を聞き、この夏を通り過ぎるのは、私たち。
@野鳥倶楽部 さん ありがとうございます♪
私も、特定の宗教などの、『信仰は』していません。
でも、そうですねぇ。
お坊さんの言葉で、いい言葉は、少しだけ知っています。その言葉は、ある詩人から教えて頂いた言葉があって、それは、「放てば手に満てり」という言葉です。ずっと前に検索してみて、この言葉は、道元禅師の言葉だと思います。これを、『自分なりに』要約して、私は、「放てば満ちる」としています。・・・・・・・。今、マイクロソフトのAIコパイロットに聞いてみたら、道元さんで合ってるみたい。
あと、お釈迦さんの言葉、・・・・・・。あ、また、AIに聞いてみたら、老子(道家)が、元みたいの言葉、「足るを知る」というのも、私が、『好きな』言葉です。まあ、あくまでも、好きな 言葉であって、実践するのは、どれも、難しいけど。でも、好き。
ずっと前に、詩誌『詩と思想』を購読していた頃に、エッセーの執筆を依頼されて、書いたことがあるのですが。その時から、思って書いて来た言葉があります。その時のエッセーのテーマが、(うろ覚えですが、)「脳死に関して」だったと思う。その時、思ったのです。「脳死であっても、体は生きている。心は無くても、魂は、あるはず、と」。
それから、私は、「魂という命」という言葉を、生み出しました。今でも、「魂という命」という言葉を使います。
すいっちょ(ウマオイ)にとっても、私にとっても、この夏は、二度とは無い、初めての夏です。
@こしごえ
ふむ。たしかに夏は虫の季節ですよね。
白鳥の歌は聞こえなくても虫の音は秋の
イメージなのにすいっちょは夏って感じ
虫のなかでお手上げまいりましたなのは
私はジョージジョジジョージのGのほかは
かまどうまですね。ジャンプして襲ってきたら
もう戦わずにすぐにごめんなさいしますよ。
たしかに人間、虫たちと付き合い長いのに
不思議ですよね。
@足立らどみ さん コメントを ありがとうございます♪
はい。
そうですねぇ。
虫を嫌いな人は、もしかしたら、多いかもしれませんね。私の友人や、家族の一人も虫が嫌いです。
でも、そういう私でも、中には嫌い、というか苦手な虫も居ますよ、Gとか、ムカデとかハチとかハネカクシとかね。(Gは、生理的に嫌いだし、あとのは、危険だから嫌い)。
カマドウマは、大量発生した時期がありましたが、手で捕まえて、外に出してあげてました。ふふふ。
まあ、嫌いなのは、仕方無いですよね。
@こしごえ
ふむ。けっこう嫌いなむしが多いのね^_^;
@足立らどみ さん 追記コメントを ありがとうございます♪
はい、そうなんですよ。ふふ。^^;
でも、好きな虫もいます。
虫の音(ね)の中で 一番好きな歌声は、蜩(ひぐらし。別名、かなかな)です、二番目が こおろぎさん、三番目に すいっちょ(ウマオイ)です。
愛の歌、いのちの歌。
@こしごえ
ふむ。令和は世界中の人間の耳が尖りはじめているのかもしれないけど(これから?
昭和のころは虫の音を美しいと感じる人は世界中の人ではなくて極東の島国に住む
種族の人が多くて、とくに欧米の族や暴走族?の人たちには雑音としか感じないと
なにかでむかし読んだ記憶が曖昧のまま書いてますけど、多かったとのことですね。
わたしは、蚊取り線香のほのかなにおいの静かな夜に小さく鈴虫の音が聞こえると
子どもの頃の夏休みに新潟で過ごしていたころを思い出します、、、 、、、 、、
@足立らどみ さん
まあ、人それぞれですね。^^
@こしごえ
鈴虫をお題に作品描いてみました。(^^)
@足立らどみ さん
拝読しました。拝礼^^